不審メールが繋げた想い

……なんて事だろう。どうしてこうなってしまったんだろうか。確かに引き受けた。それが……承諾した途端にだ。早速、翌日に実家に?!て事になってしまった。嘘でしょ…。
土日の撮影は予定先の天候が暫くの間回復しないという事が確定になり、延期されたと言う。仕組まれた?それってとっくに解ってたんじゃ…。
疑えばきりがない…。

あろうことか私は、突如Yさんの実家に行く事になった。…善は急げ、という事なのだろうか。スケジュールの空きが中々なかったのかも知れないが。気持ちなんて、全然ついて来てないのに。
決めたのだって、お母さんが病気だという言葉に押し切られたようなものだ。
あれから私は各務さんから鍵を受け取り、すんなりと別の部屋に泊まり、家には帰らず、翌、午前中、着替えなど必要な買い物を終わらせた。Yさんと各務さんは早朝先に帰京した。スタジオで、ワンシーン撮影をするらしい。
まさか、また、この駅まで戻って来ることになるなんて。ワンボックスに乗せられたのは随分昔のことのように思えた。

今、渡された新幹線のチケットで駅に降り立っていた。
全くの田舎者で旅行にも出掛けない人間だ。いい大人なのだが、事前に調べておいても、さっぱり解らなかっただろう。駅の構内でさえ、どっちに行けばいいのかチンプンカンプンなのに。とにかく言われた場所まで何とか辿り着いた。

…勘弁して欲しいです。休日のせいだか、普段からなのか知らないが、びっくりするほど人が多い。田舎の帰省ラッシュより多いと思う。縦横無尽に人が行き交っていた。ニュースでよく見る光景だ。あ、駄目だ、見てたら流れについて行きそうになる。ここに居なくちゃ。
言われた通りに来ましたよ。あとは各務さんが見つけてくれるだろう。変に動かないのが得策だ。

「詩織さん!」

私を見つけ、ホッとした顔をして駆け寄って来ていた。

「あ、各務さん…」

私の方からも少し歩み寄った。
…え?何?気のせい?何だか周りが急にざわついてるみたいだけど。…私、どこかおかしいの?…何?

『ねえ、これって撮影じゃない?』『嘘?ドラマかな。いつ放送されるんだろ』
『駅での出会いのシーン?』『映画じゃない?』
『どっか、遠くにカメラがあるのかもよ』

私達を遠巻きにして囁くような声があちこちから聞こえた。よく解らないけど、見られてるのは解った。…何?…私?…関係ないわよね…?

「迷いませんでしたか?」

「え、あ、各務さん。はい、なんとか、大丈夫でした」

はぁ、良かった。この人の顔を見るとなんだかそれだけで安心した。

「あの…」

周りを気にしてなのか、各務さんは目を配っていた。

「すぐ移動します。車に乗ります。少し小走り程度で大丈夫ですか?行きますよ」

「え、あ、はい!」

私のバッグを持つと腕を抱えるようにしてもう進み始めていた。一気に言われてまともな会話をする間もなかった。
人と人の間をすり抜ける。あ、速い。

「人に当たらないように、ずっと私の後ろになるように、いいですね?」

「は、はい」

もう、何だか大変。慌ただしい。迷子にならない為かな。ただ言われたようについて行くだけで精一杯だ。各務さんの背中ばかりを見て転ばない事を願って進んだ。

いつの間にか駅を出て、地下駐車場に来ていた。エレベーターにも乗った。知らない場所は迷路のように感じた。同じ道を戻れと言われても多分解らないだろう。
ただ各務さんの背中だけを見ていた。止まった。いきなりの事で背中に突き当たってしまった。

「わっ、ごめんなさい」

「何だ、あぁ…、はぁ、そうだ、…そうだった…。詩織さん、大丈夫でしたか?すみません。つい癖で…、貴女をタレントのように移動させてしまった。いや…、普通に歩いて良かったのに、すみませんでした急がせてしまって」

は?はい?…あぁ、…なるほどね。そうですね、私はお宅の事務所の大事なタレントではない。普通に歩いても何の問題もない人間ですから。

「…大丈夫です」

「では、こっちです」

他の車とは離れたところに、ぽつんと車が駐車してあった。近づいて行ってる。

「はい、どうぞ。乗ってください」

手を離された。

「…はい、有難うございます」

今日は白いワンボックス。わナンバーではなかった。スライドドアを開けてくれた。

「あ」

「お疲れ様、乗って?」

中から腕が差し出された。戸惑いながらも手を出すとギュッと握られ引かれた。

「あっ、はい、…すみません」

キャップを被ったYさんが居た。

「ここに座って?」

車内に入ると後ろでドアが閉まった。引き寄せられ隣に座らされた。えっ、…近い。シート、長いし詰めなくても、後ろにだってあるのに。

「奥さんになる人だからね」

え、あ、そういう事で?…って納得していい事なのかな…。違う違う。納得とは違う。

「いいですか?出します」

精算を済ませて各務さんが乗り込んだ。

「うん、頼む」

あ、車は動き出してしまった。
Yさんは窮屈そうにポケットから何やら出していた。

ぐるりと回るように走った車はゲートを通過してゆっくり傾斜を上り始めていた。

「…よいしょっ。大丈夫?疲れなかった?隣に座って少しでも慣れておかないとね。…はい。
…まずは…これ、必需品」

右手を取られて指輪を嵌められた。

「え、これ…、こんな…」

「お、サイズはなんとか大丈夫そうだね、…婚約指輪だよ。女の人はこういうの、気にするだろ?」

「あ、そうですね、はい…でも。…はい…」

そうか…、してる方がいいのはいいけど。手元って案外見られるから。…でも、返事はしたものの、これってとんでもなくキラキラしてるけど。…ええ?

「…あの、これ、本物?ですか?」

まさかね。

「ああ、勿論、当たり前だ」

カァー、嘘……ハンパなく高そう…。無くしたら大変だ。

「何をしても、挙動不審になってしまうのは仕方ないけど、そこは詩織さんが、俺にもの凄く惚れているって事にすれば大丈夫だから。そのままの貴女でいいから。名前は、詩織って呼ぶから。俺の事も、下の名前で」

ドキッ。もの凄く惚れてる?何を勝手なことを言ってるのよって聞いていたら、名前で呼ぶ?

「え、な、名前でですか?」

いきなり?

「そう。こんな仲なのに、芸名の名字で呼んでるのは可笑しいからね」

そうか。では。

「真、さ、ん…?で、いいですか?」

「あ、う、ん、…それでよろしく。…あー、えっとそれから、母親だけど、病気の割にびっくりするくらい元気だから、そっちに驚かないでほしいんだ」

そう言って私の肩に腕を回した。

「え、えー!」

思わず声が出た。だって、次から次へ突然起きる事ばかり…有り過ぎ…。

「フ。ハハ。そんなに驚かなくても。せめて恥ずかしそうにするだけにして?あまり派手に驚き過ぎるのも困る。おかしいだろ?こういうのは当然今からはするよ?」

それに、この程度はなんでもなくない?昨夜はキスもしたし、何度も抱きしめたよ?
耳元でそう言われた。

「あ゙っ、そ、それは…そっちが一方的に…」

…カァーッ。もう、嫌…。もしかして真さんも演じてるの?こんな強気な物言い…実はこういう人なの?
キスだって抱きしめられたことだって、よく解らないままされた事だ。後になって…感触を思い出して…、眠れない元になったんだから…。
運転席でハンドルを切りながら、各務さんが肩を震わせていた。…絶対笑っている。いい大人なのに、受け流すことも出来ずこんなに動揺してるって…もう、…嫌だ。

「……なるべく気をつけます」

気をつけてできるものだろうか。

「それから、これも自然でいいけど、敬語はなるべく減らしてみて?俺も今みたいな感じで話すから」

随分…、さっきから楽しそうだ。

「はい、解りました。…あ」

「別に大丈夫。ほら、元々が間違いなく正真正銘、一般の人なんだから。つき合いはまだ短いってことで、まだ緊張感が抜けないみたいで、別にいいよ。俺だって普段は一般人だけどね」

好きな人の親に会うと思えば、緊張はしてもいいかな。結構、自然体でもこんな事、いきなり難しいと思う。上手く出来るとは思えない。

また各務さんの肩が動いてる…笑ってるんだ。…私は困ってるんですから、笑い過ぎでしょ…。
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