不審メールが繋げた想い
「じゃあ、各務、明日、また頼む」
「はい、解りました」
私は頭を下げた。マネージャーさんも大変だな。こんな事までするのかな。人によるのかな。でも、私生活も、まずい事からは守らないといけないのか…。私はあくまでお母さんの為だけの結婚相手なんだし。立場を変えれば素性も知れない。何をするかも解らないって事でもある。…んー……益々解らなくなる。
それにしても…なんて形容したらいいんだろ。思わず見上げた。
…幅も奥行きも大きいお家だ。だけど圧迫感はない。奇抜な色でもなく、周りに馴染むナチュラルな色合いの壁。閑静な住宅街とは、こういう場所をいうのかな。とても静かだった。
一般人に迷惑が掛からないように静かに生活するって大変なんだろうな。自分がっていうより、何かあったらマスコミが押しかけるから。職業が俳優って事だけで、普段は俳優ではないのだけど。近所には気を遣うんだろうな。
普段使わない部屋だって沢山あるだろう。こんな大きなお家に一人で居たら…寂しかっただろうな。行く行くの家族構成を考えての大きさ、広さって事もあるのかな。…私には所詮関係ない、解らない事だ。
「詩織?」
「あ、はい」
う、ドキッとする。これにも慣れないと…。
「心の準備はいい?入るよ?」
腰に腕を回された。えー!…また、こんな事。…普通に普通に。なるべく驚かないようにするのよ。…ふぅ。
「…はい」
ドアを開けた。
「母さん、ただいま」
母さんと呼ばれた人は玄関に居た。
「おかえり、真。車が着いたのに中々入ってこないから。…詩織さんね。いらっしゃい、今日は有り難う。ごめんなさいね、いきなりこんな形で」
「あ、あの、初めまして…」
あ、もう、…気の利いた挨拶が出来ない。心の準備がなさ過ぎ。さっき言われたのに。
「フフ。疲れたでしょ?さあ、上がって?先に荷物を置いてくる?真、お部屋に案内してあげて」
「ん。詩織、こっち」
「はい。あ、…これ、オーソドックスな物ですが、地元のお饅頭です」
ガサガサと慌てて袋から取り出した。駅で急いで買った物だ。
「まあ、有り難う。私、ご当地の物大好きなの。特にこれは有名よね」
…良かった。ちょっと、らしい事は出来たかな。頭を下げて廊下を進み、二階に上がる。あ…手を引かれた。
部屋は何部屋あるんだろう。…地下とかもあるのかな。どうしてもキョロキョロしてしまう。
二階に上がり部屋のドアを開けた。
「今夜、この部屋を使って?」
ベッドと木製のハンガーラック、ローチェスト。私の小さめのボストンバッグはサイドテーブルに置いてくれた。
「あ、はい、有難うございます」
この部屋…来客用かも知れないけど、普通に個室として暮らせそう。
「隣は俺の部屋だから。どう?大丈夫そう?この後一緒にご飯を食べるくらいだから大丈夫かな。話は色々振られるだろうけど、俺がフォローするから慌てて答えなくていいからね。ずっと一緒に居るから大丈夫だよ」
「はい」
「詩織…」
腕が伸びてきた。当たり前のように抱きしめられた。あ、え? 今、します?必要?え?
「あ、の、これ…」
「少しは落ち着く?」
あ、そういう事だったのね。
「い、や、全然。むしろその反対です。…バクバクします、これは駄目です。本当に…駄目です」
胸を押した。
「あ、フ、そうかぁ、…バクバクさせるか。…逆効果なのか…」
「はい、とんでも無い逆効果です」
落ち着く訳がない。毎度毎度…止めて欲しい。普通に現実にYさんに抱きしめられているんだから。力強い腕、引き締まった体……こんなに簡単になんて…。はぁ…もう…涸れた生活をしてた私には……本当、刺激が強すぎる。有り得ないから…。
「はぁ。でも抱きしめたりはする事だろ?慣れるっていうのも変だけど。これからある事だ」
「…あー、はい」
…あるとしても、場合によってですよね?…人前では必要無いから要らないのでは?…。でも、人前でもするのか…。え?要らない要らない。これって内緒だもの。はぁ、とにかく現状がドキドキする。
「下の部屋も案内するよ、行こうか」
「あ、はい…」
はぁ、やっと解放された。また手を引かれて階段を下りた。…こうやって手を握られるのだって。当たり前になんて有り得ない。
バスルームや、トイレの場所。あと、地下にシアタールームみたいな部屋もあった。…ほお、流石芸能人だ。お母さんが使っている部屋は一階らしい。
「あの、ご飯の用意とか、お手伝いした方がいいですよね?」
「あ、いいの?大丈夫?」
話し掛けられるから大丈夫かって事だと思った。
「はい、そうした方が自然だと思います」
「じゃあ…。
母さ~ん?ご飯の支度、詩織が手伝いたいって言ってるけど~」
ゔ、ドキッ。詩織って。何度聞いても、心拍数が上がるな~、もう、落ち着け。この人が私の名前を普通に呼んでるなんて。…有り得ない。