不審メールが繋げた想い

教会の前に立った。扉が開けられた。踏み出した。
…はぁ。経験なんかない。各務さんと一歩一歩踏み締めるように歩いていると、不思議と、小さい頃の事が思い出されて来た。これが…走馬灯…?。本当の式ならこの気持ち、もっとジンと胸に来るモノが増すのだろう。今は…重くて辛い…なんて複雑な気持ち…。はぁぁ…。
うっかり大きな息を吐いてしまったから、大丈夫ですかと、上から気遣う声がした。解るか解らないかの程度で頷き返した。心中は察してくれているのだろう。
はぁぁ。各務さんも解らないくらいの小さくて長い息を吐いた。
前を見れば真さんが居る。神父さんが居る。
一歩一歩、祭壇が近づいて来ていた。…各務さん。ギュッと腕を掴んだ。…もう引き返せないと解っているけど。
目の前にはもう真さん。
そっと腕を解かれ真さんに渡された。

「詩織さん、お幸せに…」

小さく呟いて戻って行った。…今のは…演出?ここまで言われるなんて。
もしかして、これはやっぱり素人を巻き込んだドラマ? バラエティー番組の企画?ファンの中からランダムに選ばれ、本人だけが知らないというファンサービス?後々、いいのが撮れたとか言われるの?…ううん。もうどっきりはないと解っている。

……時も、誓いますか?はい、誓います。真さんが答えた。名前を呼ばれた。次は私…。
病める時も健やかなる時も、か…。一緒に居る事もないのに。一体何に誓えばいいの。

「…はい。…誓います」

これは罪にはならないのだろうか。

指輪の交換。婚約指輪もだけど、この指輪も、サイズは微妙に合っている…入らない、なんてことにならなかった。…凄い偶然なのかな。右手より左手の指が少し細いのだけど。それも考慮してあった?だとしたら、やっぱり凄いとしか言いようがない。
手を取り指輪を嵌めあった。お互いの指に収まりシンプルな指輪が光る。
顔に掛かったベールを上げられた。
あ、忘れていた…。…誓いのキス?…。するの?しなくちゃ駄目なの?
戸惑いと困惑の顔で真さんを見上げた。ん?って顔をして、そして少しだけ笑った。…なんて顔をするの。この表情…はぁ、本当に見事だ。まさに、今のはドラマのYさんのような顔だった。…絶妙な新郎の顔。
肩に手が触れた。顔が…ゆっくり近づきながら傾げた。唇が優しく触れて離れた…。

はぁ…、式を挙げてしまった…。

中庭で写真を撮った。集合写真…そして二人の物。お母さんとも撮った。私はどんな顔で収まっているのだろう。何度も呼びかけられた、新婦さん笑顔で、リラックスですよ、と。…写真は元々苦手……。これは初めから幻の結婚写真…。

控え室に戻っていた。
着替えを済ませた。後は帰るだけ。
お姉さん夫婦はお母さんと一緒に先に帰った。疲れが出てはいけないからと。
これで本当に良かったのかな。確かにお母さんは喜んでくれた。でもやっぱり…。自分の良心のどこかが駄目だとずっと言っている。
…あ、私は式の間、ずっとこんな顔をしていたのだろうか。頬に手を当てた。こんな…鏡に映った私は、まるでマリッジブルーそのものだった。

コンコンコン。

「詩織〜?着替え終わった〜?いい?入るよ?」

真さん…。

「…はい、…どうぞ」

指輪を指から抜き取った。
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