不審メールが繋げた想い

「とてもよく似合ってる、本当に綺麗よ。真の事、これからもお願いね」

お母さんが私の手を取り両手で握り締めた。…なんて弱々しい。…こんなに変わってしまうものなの?…。

「…有難うございます。こちらこそ、…末長くよろしくお願いします」

お姉さんがこっちを見て頷いていた。挨拶…しなくては。お母さんの手を膝の上にそっと戻し、頷いて握った。
お姉さんの側に行った。

「あの…、今日までご挨拶もせず……初めまして、叶詩織と申します」

挨拶をしながら、はっとした。お姉さん夫婦には私の事はどう説明してるのだろうかと思ったけど、遅いよね。今、真さんに確認は出来ないし。…だから…何もかも説明が足りないのよ…。

「初めまして。真の姉です。こっちが私の夫よ」

「初めまして。とっても綺麗ですよ。女優さんみたいだ」

それは…褒め過ぎだと思うし、女優さんていうのはある意味禁句…。

「…よろしくお願いします」

頭を下げ合った。

「あっ。あまり勢いよく深く頭を下げたらティアラが崩れて…」

押さえようと旦那さんが手を差し出してくれた。

「落ちちゃうよ。ふぅ、セーフ…大丈夫だった」

「わ。あ、すみません。慣れてなくて、有り難うございました」

向きがおかしくないか、旦那さんに代わってお姉さんが正面から見てくれた。

「当たり前よ。どこかの国のお姫様じゃないんだから。ティアラなんて、誰も初めてなんだから、ね?こんな事でも無いと着ける事なんて無いものね?大丈夫。しっかり固定されてるみたい」

「あ、はい。有り難うございます。そうですね。フフフ」

気さくなお姉さん夫婦だ。明るい家庭が容易に想像できた。

「私もね、うっかりしちゃって、自分の時、同じ事があったのよ?思い切り頭を下げそうになって。そしたらこの人がね、今みたいに透かさず手を差し延べてくれたの。だから旦那はこういう事、経験有りなのよ?」

囁くように教えてくれた。

「フフ。では今回もグッジョブって事ですね」

「そう。いい仕事したでしょ?フフフ。はぁ…良かった…真が詩織さんのような人を見つけてくれて。本当、良かった。職業が職業だからね、タイミングだと思うの。一生結婚しないかもって、いつまでも一人だから心配してたの。諦めかけてたくらい。詩織さんはとても素直で正直で、母さんが言ってた通りね、飾らない感じで。こう言っては偏見かもしれないけど、女はある一定の年齢から変なプライド持った人っているじゃない?見栄を張ったような、取っ付き難いタイプ。でも、そんな感じもなくて、本当、さっぱりした感じで…いいわぁ。真の事、これからよろしくね」

「話、長いな…」

「え、だって、中々会えないでしょ?」

仲睦まじい…。何だか嬉しい。私の方も話しやすい。どうやらお姉さんもこの結婚の事情は何も知らないみたい。これが何もかも本当なら、この先、何でも話せる仲になれそうな気がするのに…。

「…はい」

そうですね、とは…中々なのか、これっきりになるのか…。多分これっきりだろうけど。

コンコンコン。

「失礼致します。そろそろお時間ですので、よろしいでしょうか」

先にあっちの控え室を覗いてくれたんだ。ブーケを持って来てくれていた。
お礼を言って受け取った。

「じゃあ、俺達は教会の中で待ってるから。先に行ってるね」

「…はい」

「詩織さん…有難うね」

お母さん…。車椅子をお姉さんが押している。こんな事までして…いいのだろうか。これから本物さながらの式を挙げるんだ。お母さんの為だとはいえ、橘の家に正式に嫁ぐ訳ではない。なのに神様の前で誓わないといけないんだ。神様ごめんなさい…、今だけ嘘を許してください…。


「詩織さん…」

「あ、各務さん。どうです?私、上手く化けられてますか?ドレス、ちゃんと入りましたよ?…おとうさん?」

行き場のない気持ちからか、各務さんを見て安心したからなのか、少しおちゃらけてみたくなった。各務さんも真さんに負けず劣らずとても素敵だ。スタイル抜群だ。…格好いい。

「あぁ……昔あった映画のように、奪い去りたい気分です。詩織さんのイメージにぴったりのドレスだ。とても…とても綺麗ですよ」

「うわ、褒め過ぎです。各務さんもとても素敵です、渋くて格好いいです。どっちが新郎か解らないくらい。じゃあ、逃亡しちゃいます?教会の扉を開けたら、二人共居なかった、みたいな」

…。

え?…各務さん? 各務さんもこの挙式、神への冒涜だって思ってるのかも。凄く神妙な顔をしていた。

「……私は…花嫁の父ですから。関係性からして有り得ませんね」

「そうでした。あ、でも、父親は、本物でもなく義理でもなく、しかもこれは仮ですよ?仮じゃないか、振りですね。各務さんは各務さんです。これは何もかも、全部、嘘ですから」

…。

妙な沈黙が流れた。私のせい、ですね…。各務さんは息を吐いた。徐に私の右腕を取り、組んで腰に当てた。

「…さあ、…そろそろ。皆さん待ってます。…参りましょうか」

「…はい」

気持ちを切り替えないと…。

扉の向こう。開いて踏み出せば、その先には真さんが待っている。
…時間だ。
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