不審メールが繋げた想い

クリスマスの日…、各務さんは逆算して、間に合うぎりぎりまでうちに居た。 何をするという訳でもなかった。
一緒にお昼ご飯も、晩ご飯も食べた。真さんが送ってきたオードブルもあったけどそれは出さなかった。クリスマスだというのに特別な物は作らなかった。冷蔵庫にあった物で作った、何でもない家庭料理だ。前日から特番のような番組が多くて、特に話題に出来るテレビ番組は無かったけど、BGMのように点けっぱなしにしていた。一緒に過ごした時間は、緩くて温かい時間だった。

くれぐれも気をつけて運転して欲しいと告げ、今回は気を遣わせてしまうから珈琲は無しですと、わざと伝えた。前回うっかり作ってしまって、その飲み辛さのお詫びが伝わればと思ったからだ。なんだぁ期待したのに、と言われた。…言ってくれた。そういう言葉、上手に返してくれる人だって知ってますから…。
帰ったらメールなりしてくださいと念押しして駐車場まで送った。車はちゃんと空きスペースに入れられていた。
じゃあと手をあげ、ゆっくり道に出て帰る車を、少し寂しい気持ちで見えなくなるまで見送った。
寒いから玄関でいいというのを駐車場まで送りに来た。寂しさを気遣って来てくれたのだとしても、これが仕事だと言われても…ここまでの道のり、あまりにも距離が有り過ぎる。プレゼントを受け取りに来たなんて…それは、ついでだ。
ただ来てくれた、それだけで私はこうして穏やかな気持ちになれている。何がって大袈裟な事では無い。各務さんの気遣いと存在にだ。真さんとの約束が無くなった、一人ぼっちの私を気遣って来てくれたんだ。
初めから何も予定が無くて過ごす一人と、待っている人が来なくて一人で過ごすクリスマスでは、落差があり過ぎるからだ…。それを知っている。
ふと過ぎった。各務さんが女性をそういう対象に見られない人なら、そうじゃない形で、一緒に居られないだろうかと。勿論、各務さんに“恋人”や“大切に思っている人”が居たら無理なんだけど。共同生活するみたいな、そんな形で、一緒に居る事って無理かな…と。各務さんのような人なら、一緒に暮らしてみたい、…なんて。
…あぁ、…駄目だ。住んでいる場所が遠いんだった。私だって簡単には引っ越せないし…。そもそもが無理な話だった。
こんな事を今更感じてしまったのは、どこかで一人暮らしの寂しさを感じてしまった気がしたからかな…。人の温もりはずっと忘れていた。不用意に誰かと過ごすモノでは無い。…迂闊だった。ずっと一人で大丈夫だったモノが、大丈夫じゃ無くなりそうになっていた。欲張りはもう忘れてしまった感情だと思っていた。

早朝、メールが来た。

【無事、今着きました。時間なんか無視してメールを送ってしまいました。途中、仕方なく買ったまずい珈琲を飲んで頑張りましたからね】

また…さりげなく上手だ。

【私とした事が、うっかり腕時計を忘れてしまいました。多分、浴室だと思います。困りはしません、あったらそちらで預かっておいてください。各務】

あ、全然気がつかなかった。浴室というのは洗面台の方の事だろう。各務さんは背が高いから、普通に置いたところが私より目線の高い棚なのだろう。
背伸びをして見てみると、思った所に腕時計は確かにあった。

結婚式という会う日があったにも拘わらず、そちらで預かっておいてください、という言葉通り、私は腕時計を持って行かなかったんだ。
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