夢幻の騎士と片翼の王女
「ここに来る途中で偶然出会ってな。
兄上もおまえに塔を出た祝いを言いたいとおっしゃって下さって…」

今まで「兄上」なんて言われたことはなかったから、一瞬、誰のことかと思ってしまった。



「え?あ…ああ、そうなんだ。
あんな所に半年もいたんじゃ、退屈だっただろう?
あ…急なことだったゆえ、今は何も持って来ていないが、何かほしいものはあるか?」

「兄上、そのようなお気遣いは無用です。」

「……そうか。」

亜里沙の代わりに、アドルフがきっぱりとそう答えた。
彼女に何かを贈ることさえ、俺には出来ないのか…
確かに、義弟の側室に贈り物をするのはおかしなことかもしれないが、拒否されたことで酷く落胆した想いを感じた。



「アドルフ様、リュシアン様、昼食の準備が出来るまで、応接室で御寛ぎ下さい。」

メイドに促され、私達は応接室へ向かった。
こじんまりした部屋だ。
なぜ、アドルフはこんな粗末な部屋に亜里沙を置いておくのだろう。
俺だったら、もっと立派な屋敷に住まわせてやるのに…



「アリシア…疲れていないか?」

「ええ、大丈夫です。」



亜里沙に声をかけるアドルフは、今まで見たこともないような穏やかで幸せそうな笑みを浮かべていた。
その顔を見た時、私の心の中には激しい嫉妬が渦巻いた。



本来ならば、亜里沙は俺の物だったのに…
なぜ、あの時、俺はもっと強くいやだと言わなかったのだろう…?
いや、言ったところで、陛下の言いつけに逆らうこと等出来やしない。
やはり、どうしようもなかったのだ。



(諦めなければ…そうでないと、俺はずっと苦しむことになる…)



そう思い、こんなところへ来てしまったことを後悔した。
用を思い出したと言って席を立つのは容易いことだ。
何度もそう言おうとして…そして言えずに、俺は未練たらしくその場に座り込んでいた。
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