明日の蒼の空
 春子さんの気は……残念ながら、変わらなかった。



 いくつものネオンが煌々と光る風俗街を歩いている。

 メイクは普段より濃い目。

 黒かった髪が茶色になっている。

 胸元の大きく開いた白色のセーターを着ていて、ちょっと屈んだくらいで、下着が見えてしまいそうなミニスカートを履いている。

 昨日までの春子さんとはまるで別人のよう。

 すれ違う男性たちの視線は、春子さんの方に向いている。

 どの人も、いらしい目つきで、春子さんに視線を送っている。



「あ、ここだ」
 春子さんは、快楽倶楽部と書かれた看板の前で立ち止まった。

 ハンドバッグから、手鏡を取り出して、前髪を整えた。

「よし」と声を出して、雑居ビルの階段を登り始めた。



「お姉ちゃんは、あのヘルスで働いてるの?」

「今から出勤かい」

「お、けっこう美人じゃん。スタイルもいいし」

「今度、指名してあげようか」

「いい胸してるねえ」

「パンツが見えそう。ちょっと屈んでみてよ」

「あ、一万円札が落ちてる」

「おれたちと一緒に飲みに行かない?」

「お小遣いをあげるからさ」

「どうせ、金に困ってるんだろ」

「そんなエロい格好で歩いていたら、変態に襲われちゃうよ」

 春子さんのことを何も知らない酔っ払いのおじさん連中の心ない言葉の数々に、私は怒りを覚えた。



 変態はあなたたちでしょ! 

 あなたたちに! 春子さんの何がわかるんですか! 

 春子さんの何を知っているんですか! 

 春子さんは! 小さなお子さんのために! 生きていくために! やりたくもない仕事を始めようとしているんですよ! 

 辛い中で頑張っているんですよ! 

 シングルマザーは大変なんですよ! 

 あなたたちみたいな人間がいるから! 地上の世界はいつまで経ってもよくならないんですよ! 



 私が怒りを露にしたのに対し、春子さんは何も言い返そうとはせず、階段を降りて、逃げるように走り始めた。

 私はほんの少しだけ安心した。
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