明日の蒼の空
 この日の姉は……彼氏さんとデート。

 映画館で映画を観た後、私をよく連れて行ってくれたお寿司屋さんに入った。

 二人は生ビールで乾杯し、姉はトロサーモンとカンパチを注文して、彼氏さんは甘エビとミル貝を注文した。

「蒼衣は、子供の頃からガリが好きでね、お寿司を注文しないで、いつもガリばかり食べていたのよ」

「そうだったんだ」

 姉も彼氏さんもお寿司を食べる手を止めて、クスクスクスクス笑っている。

 そんなこと、彼氏さんに言わないで。私は恥ずかしくなってしまった。でも、姉の笑顔が見られて嬉しかった。

「蒼衣は、今でもガリを食べているのかな」
 姉がつぶやくように言った。

「食べているんじゃないかな」
 彼氏さんが言ったとおり、私はガリを食べている。毎日、欠かさずガリを食べている。


 姉と彼氏さんは割り箸を持って、ガリを食べ始めた。

 ほんのりピンク色の新生姜。私の大好きな新生姜。当時の懐かしい思い出が頭を過ぎる。

「ガリって、そんなにいっぱい食べるものじゃないよね」

「そうだね」

 姉と彼氏さんは、再びクスクスと笑い始めた。作り笑いではなく、心の底から笑っているように見える。

「生ビール、お代わりください」
 姉が大きな声で注文した。

「僕もお代わりください」
 彼氏さんも大きな声で注文した。

 笑顔で会話を楽しみ、笑顔でお寿司を食べて、笑顔で生ビールを飲んでいる。

 姉の時は、確実に前へと進んでいる。

 私の姉は、やっぱり強い人だった。

 以前の元気を取り戻してくれた姉のおかげで、私も大きな苦しい塊を吐き出せた。
 


 夕食の席で姉の話をしていたとき、夏美さんにこう言われた。

 時が止まったままの人がいることを忘れないでね。

 私は、自分が浮かれていたことに気づき、夏美さんの言葉を肝に銘じた。
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