蛍が浮かぶ頃 【砂糖菓子より甘い恋2】
……良い匂い


毬はそう感じて、満たされた気分で眠りから覚めた。
瞳を開けた瞬間、隣に龍星の姿を見てドキリとした。
「龍?」

これは幸せな夢の続きなのだろうか。
それとも、残酷な現実の一片?


龍星はゆっくり瞳を開くと、そっと毬の名を呼び手を伸ばして招いた。
毬は誘われるがまま、龍星の傍へ寄る。龍星は仔犬を可愛がるように、毬の頭を撫でる。
大好きな匂いがさらに強く鼻腔を擽った。

「ここ、どこ?」

毬はぼんやり聞いた。

「勝手にうちに連れてきた。毬がいないと、眠れない。左大臣には連絡済み」

龍星は夕べ、挨拶に行った際、左大臣から聞いた戯れ言には触れず、簡単に説明する。

毬は辛そうに眉根を寄せた。

「毬?」

龍星が心配そうに名を呼ぶ。

「……勝手に、私の居場所変えないで」

泣き出しそうな、祈るような擦れた声に、龍星は言葉を失い震える毬の身体を抱き締めた。

「また、途中で帰れっていうくらいならっ、最初から」

言葉が続かず毬の瞳から涙が溢れる。


「ずっとここに居て」

「だって」

……また辛い思いをするくらいなら、最初から一緒に居ない方が良い。

< 44 / 95 >

この作品をシェア

pagetop