蛍が浮かぶ頃 【砂糖菓子より甘い恋2】
「申し訳ございません」

毬は痛々しい心の傷を思い出し、俯いたまま詫びた。

「毬、どうか顔を上げて」
帝の頼みに毬は伏せていた顔をゆっくりあげた。
感情を押し込めようとぎゅっと手を握るが、堪えきれない分が一筋の涙となって頬を伝う。

毬は慌ててそれを拭った。

「別に覚えてないことを責めているわけではない」

慌てて帝が言葉を発する。

毬は切ない笑みを浮かべた。

「存じております。
ただ、あの頃私は兄を亡くして少々取り乱しておりまして。
ご期待に添える返事が出来ずに申し訳なくて」


「……そうか。残念だが仕方がないな。
これ以上あなたを泣かせると龍星から殺されそうだから諦めるよ」

帝は立ち上がり、毬の傍に近づいた。
誰が止める間もなく、その腕に毬を抱き寄せる。


「嵐山で共に遊んだ日々は、私の人生の中で一番輝いている」

毬だけに聞こえるようそう伝えると、その黒髪に唇を落として手を放した。


「「帝っ」」

別々の理由で動揺している龍星と千の声が重なる。


帝は動じることもなく、むしろ不敵の笑みすらその口元にうかべ、
「帰る」
と言い、お付きの者を呼び寄せ大殿へと帰って行った。


呆気にとられている三人を置いて。
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