幸福に触れたがる手(短編集)






 がくっと項垂れると、篠田さんはわたしの頬をつねって笑う。

「好きなのは、おまえだけだよ」

「……」

「抱きたいって思うのも、もっと知りたいって思うのも、おまえだけ」

「……ありがとうございます」

「だから拗ねんなって」

「拗ねさせてくださいよ。いま頭の中は、篠田さんに抱かれている数々の女の子のことでいっぱいなんですから……」


 まさかわたしが、こんな気持ちになるなんて思わなかった。
 周司のときは、ああ浮気したんだ、まあわたしも仕事が忙しくて連絡していなかったし、なんて納得していたのに。
 少しは変われているみたいだ。


「ほんと可愛いな」

「そんなこと言っても何も出ませんよ」

「おまえがいりゃあ充分だ。ああ、あとうまい飯とあったかい部屋と風呂」

「けっこうあるじゃないですか」

 くすくす笑うと、つねっていた頬を撫でて、ゆっくりとソファーに寝かされる。

 そういう雰囲気だった。さっき買ったばかりのコンドームがもう役に立ちそうだな、と思っていたら……。


「おまえの気持ちが分かったからネタばらしするけど、俺役者やってるんだ」

「……へ? んっ」

 告白と同時に唇を塞がれ、わたしは目をぱちくちさせながら彼の舌を受け入れた。

 おれやくしゃやってるんだ、って……。やくしゃは「役者」という変換でいいのだろうか……。

 役者? ひとを殴ったり蹴ったり斬ったり、新聞に名前が載る危ない仕事じゃなくて? 好きでもない女の子を抱く仕事じゃなく?

 …………あ! もしや演技でひとを殴ったり蹴ったり斬ったりして、新聞のテレビ欄やエンタメ欄に名前が載って、テレビに出て、ドラマや映画の中で好きでもない女の子を抱いてるってこと?
 間違ってはいないけれど! 騙されてはいないけれど! なんて紛らわしい説明なんだ!





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