笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
2 風に吹かれるままに
 旅の初日から、ざーざー降りの雨。
 こんなに天気が悪いのは、日頃の行いが悪いからなのだろうか。
 まあ、そんなことを気にしても仕方がない。
 雨に濡れるのは嫌いじゃない。どちらかというと好きなほうだ。

 ドンドンドンドンドンドン! あたしはお隣さん家のドアをおもいっきり叩いた。
 こんな朝っぱらから近所迷惑だ。やかましい奴はどこのどいつだ。あたしだ。

「すみれさーん! 起きてますか! 朝早くからすみませーん!」
「起きてるわよ。こんな朝早くからどうしたの?」
 あたしの大声を聞いて、ドアを開けてくれたすみれさんは、スーパーでレジ打ちのパートをしているおばちゃん。五十二歳になった今でも画家を目指しているそうで、たまにあたしの肖像画を描いてくれる。音楽も絵もアート。すみれさんはあたしの大切なアート仲間。貧乏人同士、何かと気が合う。

「今日から旅に出るんです」
「へえ、旅に出るんだ。どこに行くの?」
「行き先は決めていないんです」
「そうなんだ。頑張ってね」
「はい。旅の途中で手紙を送りますね。今までお世話になりました。またいつの日かお逢いましょう」
 あたしはすみれさんの目の前でカッパを着て、リュックサックを背負ってアコギを持ってアパートの階段を降りた。

「さきちゃーん! 必ずまた逢おうね!」
 すみれさんが窓から手を振ってくれた。

 お世話になった人との別れは辛い。などと考えてはいけない。生きていれば、またいつの日か逢えるからだ。
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