食わずぎらいのそのあとに。

夜中、トイレに起きる。妊娠初期の兆候とかで、トイレがやたらに近い。

戻ったら薄暗いリビングに、タケルがいた。泊まってくれたんだ。あれ?ベッドにいた?

「大丈夫? ちょっと話そう」

薄暗いまま、ソファに並んで座る。タケルがずっと起きていたのか仕事してたからか、部屋は暖かいままだ。



「俺に言ってないこと、あるよね?」

「うん」

「言うつもり、ある?」

「うん」

そのままずっと、黙ってる。




ゆっくり息を吸って、覚悟を決めた。タケルが待っていてくれる。無言でこんなに優しくいられる人を、他に知らない。

「妊娠、してるの。3ヶ月」

「うん」

「1月にわかったんだけど、言えなくて……ごめんなさい」

「黙ってたことに関して? 一応聞くけど、俺だよね」

「そんな、他の相手がいるから言えなかったとか、そんなのじゃないよ」



タケルが私の髪を撫でながら首をかしげる。

「じゃあなんで?」

黙っていたら、重ねて聞かれた。

「俺じゃ頼りにならない?」

「そんなこと言ってない」

だって、タケルは、結婚なんてまだ考えたこともないでしょう?




私は知ってる。考えたこともない相手に結婚を申し込まれた時、どんな気持ちになるのか。好きだと思っていても、夢から覚めたように、この人じゃないって思うこともあるんだよ。

タケルはきっと責任感で結婚してくれるけど、そんな風になりたくなかった。

くだらないプライドかもしれないけど、私はどこかで夢見ていた。いつか、この人だとお互いに思った相手と、これからずっと一緒に生きて行くことを誓い合うのを。

こんな風に、逃げ道をなくすような形じゃなくて。



「田代さんに言われたんだよ、今日。しばらく前からおかしいって。もしかして妊娠してんじゃないかって。聞いてないのかって言われたよ」

下を向いて、髪を掻き上げる。イライラしてる時のクセだ。

「香から聞きたかった。できればもっと早く」

「聞いたらどうしてた? おろしてって言った?」

そんなことないって思ってるのに、つい口に出す。

「何言ってんだよ、そんなわけないだろ。だいたいなんで香が抱え込んでんだよ。俺だろ、責任あるのは」

責任。

そうだよね、タケルはきっと責任を取ろうとする。わかってた。

「ごめん。今日は帰って」

やっと言った。このままでいたら、きっと泣く。

「なんで」

「ごめん、1人にして。おねがい」

声が震えた。沈黙が落ちる。




「わかった」

そう言ったまま、タケルは立ち上がる気配がない。しばらくして、ふわっと優しく抱きしめられた。

「今日はもうこの話しないから」

言われた途端、嗚咽が漏れた。

堪えきれなくて泣き続ける私を、タケルは困ってるような緩い力で、でもずっと抱いていてくれた。

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