食わずぎらいのそのあとに。
紙コップ回収しないとねと狭い給湯室で話していたら、後ろから頭にポンっと手が乗った。

お局的な年令に差し掛かった私に、こんな振る舞いをする人は限られてる。


「もうすぐお代わり持って行きますから、大人しく待っててください」


振り向きざまに上司の田代部長に言ったはずだったのに、思ったより背の高い男に冷たく見下ろされた。

あ、間違えた。

と思った時には、平内タケルの目はもうにこやかに真奈に向いている。

「今日バレンタインか。俺もコーヒー飲みたいな」

「はい! 入れたてお持ちしますね。平内さん、今戻って来たんですか?」

「そう、提案うまく行ったから報告しようと思って。ありがとう、真奈ちゃん」

私にはそのまま目もくれず開発室に入っていく。

後ろ姿をなんとなく見送った。

ふわっとした茶色い髪。営業に行ってからは少し真面目そうに固めたスタイルになった。システム開発してるときはTシャツで学生みたいだったのが、最近はスーツ姿で実年齢の25才より上に見える。

チョコ余分に用意してあるけど、欲しがるかな。営業先でももらってそうだけどね、あのイケメン。


「チョコ少し余ってるから、平内もいるか聞いてみてくれる?」

「香さんが持って行ったほうがいいですよ。今田代さんと間違えたの傷ついてますよ、きっと」

「そんなことないでしょ。田代さんのお代わりも一緒にお願いできる? ありがとね」


それ以上真奈に何か言われないうちに、休憩室に逃げることにする。意外と疲れた。ちょっと座って休みたい。

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