食わずぎらいのそのあとに。
「米沢さん、じゃなくて平内さんですね」

「そうなの、だからできれば下の名前で呼んでくれる?」

「香さん、ですか。わかりました」

事前打合せと呼ばれた会議室で、事務的な声のまま言われるけど、これも想定内。めげずに攻めて行くと決めてきた。

「安岡さんは総務でさっちゃんて呼ばれてるんだった? 私もそう呼んでもいい?」

「あ、それは勘弁してください」

おっと。完全に拒絶された。さすがに軽くへこむ。小細工せず正面突破でいこうと思ったんだけどね。

「さっちゃんて呼ばれるの本当は好きじゃないんですよ。歌でからかわれたことあって」

書類に視線を落としたままで安岡さんが付け加える。総務では我慢してるってこと? それとも苦手な人を牽制するための言い訳なのかな。

どちらにしても、しかたないな。


「……もし名前で呼びたかったら、早紀って呼び捨てで呼んでください」

少しの間の後に冷静な声のまま言われて、はっと顔を上げた。


「香さんて、友達作るのに苦労したことないタイプですか? 愛想いいですし」

呆れたように、でも諦めたように聞こえる声。そうでもないのよ、これが。

「うーん、逆かな。ほっとくと嫌われるから、敵意がないですアピールをするようにしてる、女の子に対しては。
男の人には変に気を遣うと『媚びてる』とかって怒られるから、やらないようにしてるかも」

考えつつ真面目に答えたら、安岡さんの口の端が上がって、ちょっと笑顔になったように見えた。
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