ESCAPE
何事も無かったように彼は歩いていく。腕時計に眼をやると16時を少し過ぎたあたりだ。西日が彼の背中を照らし出し、オレンジ色の直射日光が彼の頭を後光のように照らし出す。
もちろん、天使のわっかなんぞは見えやしない。かといって、悪魔についているような、矢印型の角が見えるわけでもない。くせっけのあるボサボサ頭が味気なくあるのみだ。
親孝行をするのって、そんなに恥ずかしいことなのだろうか。アタシは単なる付き添いなのだろうか?

「親には君を紹介するつもりはないんだ。だから、その間悪いけど君はブラブラしていて」
そう言って、彼は一万円をアタシに渡してきた。なんとなく心配そうに、福沢諭吉がアタシの瞳をじっと見る。夢も野望も、ヤクザの悪さも、汚い部分も綺麗な分も全部知ってる、諭吉の遠い目に、アタシはハラリと我に返る。エンコーじゃないよね?エンコーじゃないよね?今すぐ、帰りのチケットをもぎ取って、自由気ままま一人旅に出かけてしまおうかしら。一瞬、そうも思えたが止めにした。

ワァン!キャン!さっきの柴犬が、また、彼の元へと近寄ってきた。よしよしとわかりやすく撫で回す彼の優しい目。飼い主のおばさんの、なんとなく困ったような目。おばさんよ、ヒトゴロシに飼い犬が抱かれるのってどんなキモチ?メタボリックよ、ヒトは殺せても犬子供にはやさしいのか!?

なんだか、この旅がたまらなく愉快に思えてきた。
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