ESCAPE
Basket case
「Do you have the time?」

Green DayのBasket caseが流れる室内で、光沢のある紙を一枚、また一枚とめくっていく。スキー旅行の際、ストックを折ってしまったのは、理沙子だ。遠足の際、うまい棒を50本も買ってきてムシャムシャやっていたのは、たしか浩二だった。アタシは、少しほこりのかぶった懐かしいカラー写真の一つ一つを凝視していった。3年2組。集合写真の中で、一人だけ横を向いていたのは、太郎だった。彼は、今、私の横で缶ビールを片手にほろ酔い気味である。

「いやぁ。まさか、中学の同級生に遭遇するとはね。しかも風俗で。」
その言葉は、鬱蒼とした毎日を送っていた、アタシに刃物のように鋭く突き刺さった。日ごろ、鏡の前で自分のカラダを見て余韻にひたるクセはあったけれど、遠い昔の自分なんぞは思い出すこともない。吹奏楽部でホルンを吹いていたアタシは、今はオトコの竿を拭いている。そんな風に笑い話のネタにはしてみたいものだけれど、そこまで開き直れる気もはない。

「ああ、そういや。いたかもなぁ。目立たなかったでしょ?」
太郎の言葉にアタシは小さく頷く。隣の3組のページをめくると、前髪をキッチリそろえたアタシは銀縁の眼鏡をかけた日本人形のように、微妙な笑みを浮かべている。それなりに、地味に生きていた時代。早熟で、処女はこの時既に失っていたけれど、それを知っているのは、アタシと当事者の塾講師ぐらいなもんだ。中学、高校、短大と、普通に勉強し、普通に部活動を送り、普通にセックスしてきた。
< 9 / 35 >

この作品をシェア

pagetop