俺様副社長のとろ甘な業務命令


そこは、よく知る場所だった。


思わず出てきた扉を振り返る。

閉まったドアにはゴールドの文字で『Private』のプレートがある。


どういうことかと混乱している私に、穏やかな声で「おはようございます」という挨拶が掛けられた。


「あっ……おはよう、ございます」

「今日は少し暖かい日になるみたいですね」


私が出てきた場所は、なんと会社のビル『B.C. square TOKYO』の地下五階にある管理室。

ビルの管理室なんてどこも似たような場所だろうと思いかけたけど、管理人の田中さんの笑顔を目の当たりにして、うちの会社のビルだということが確信に変わった。


でも、どうして?
私は一体どこから来たの?


「一階のエントランスへは、そっちのエレベーターでね」

「あ、は、はい……」


田中さんは全て事情を知っているかのように穏やかに教えてくれる。

状況を把握できないまま、使い慣れたいつものエレベーターへと乗り込んだ。


一階へ降り立つと、いつもの賑やかさが嘘のようにエントランスは閑散としていた。

スマホで確認した時刻は、まだ六時過ぎ。

帰って着替える時間くらいあるとさっき言われたことを思い出した。


あと数時間後には、またここに戻らなくてはいけない。

そして、さっきまで一緒にいた副社長と顔を合わさなくてはならない。


一体どんな顔して仕事すればいいわけ?!


出社したくない気持ちを引きずりながら、重い足取りで自宅への道を急いだ。


< 34 / 179 >

この作品をシェア

pagetop