派遣OLの愛沢蜜希さんが、ヤサぐれ社員の久保田昇に神様を見るお話
……邪魔者め。
女性に大人気のクラリス・ホテル。
ここはイヴも大人気で、周囲はカップルだらけである。
食事にはまだ早いからと、カフェでお茶を飲んでいた所へ、高町社長が遅れてやって来た。途中、コートのポケットから何かを落として、誰かに拾われて、何度もお辞儀でお礼を言って……そんな何気ない振る舞いさえもイケている。
遅れてすみません、と私にまで謝ってくれた。
「いいえ。お仕事、大丈夫ですか」
イブだから、ではなく。年末はどこも忙しい筈だ。
「大丈夫。というか、周りが気を使って大丈夫にしてくれたよ」
そう言って胸を張るその姿が、やけに無邪気に映る。
「いつかはチョコレート、ありがとうございます」
みんな大喜び。「私も美味しく頂きました」と言うと「良かったー」と安堵して肩を落とした。そこまで思い詰める理由が分からないで居たら、
「秘書が、相手がダイエット中だったら大怪我ですよ!って責めるから」
その場面を思い描いて、もう笑いが止まらない。
「チョコレート大好きです。まるでお祭り。あっという間に無くなりました」
溶けたチョコレートは記憶から追い出した。高町社長を喜ばせる為なら、何でも言う。誰かが喜ぶ顔を見るのが幸せ、その意味が分かる気がした。
今日のレストランは、ホテルのイタリアン・フルコースを予約済みらしい。
さすが。
誰かとは違う。
「新しいパティシエを雇ったから、良かったらデザートの感想も聞かせてね」
その後は……と、そこで1度言葉を切った。自然に、顔が熱くなる。
「蜜希さんのために、ちゃんと予約済みです」
「はい」
その返事を、高町社長は快く受け取めて、
「自分が言うのも何だけど、そこは眺めも最高なんだよ」
3か月前から部屋を予約のカップルには限定スイーツを出す事にしている。
そういうプランがあると教えてくれた。
キャッチ・コピーは、〝宇宙に広がる七色のスイーツを、大切な人と〟
「スイート・ルームの〝スイート〟を本気でお菓子だと勘違いしてる人がいるらしいから」
そこを狙ってみた、と高町社長は言った。
「私も、最初はそう思ってました。面白い勘違いだなーって」
そこから、他の面白いプランがどうのこうのと……幾分、饒舌に思えるのは、恐らく、さっきの照れ隠しだろう。なんて可愛い王子様なのか。
「マカロンを7色にするか5色にするかで、また秘書と揉めちゃって。パティシエが、いっその事クレヨンを食べろ!って変な所でスイッチ入るし。7個って言わず、欲しいだけ出してやればいいのに、って俺は思ったけどね」
思わず、くすっと笑った。
そこで社長の表情が一変する。機嫌を損ねた?と最初は疑った。
それほど、真剣な目で見つめられているから。
「大人が、一晩中甘いモノにうつつを抜かす……そういう日があってもいい」
カップの横で手を握られて……周りの音も声も、耳に届かない。
無邪気に見えて、決める所は心得ている。
照れもせず噛む事も無く、あの久保田にこんな台詞が言えるだろうか。
指先に触れた、それだけの事で妙に意識するポンコツ男。
あのセクシーなランジェリーは結局どうしたのか。ちゃんとパジャマに変わったか。何を貰っても怒らない女なら言う事無いけれど、いつかのネクタイみたいな汚れ模様だけは絶対に止めて欲しい。
そういう私が、久保田のスーツとネクタイを汚してしまったな。
そこで一瞬、私は息を止めた。
頭を叩く。どうかしている。
深呼吸した。もう私は奴隷ではない。
高町社長のネクタイも、よく見たらクリスマス仕様だった。
同じ赤と緑でも全然違う。絶妙な中間色であり、そのグラデーションが上品な雰囲気を演出していた。御自分で選んだのか。デパートの誰か。
そう言う事をやらせるために女が居る、とか絶対言わないだろう。
ババァ。奴隷。余った女……久保田は、関わる女を悉く不愉快にさせる男だった。ランジェリーだろうがパジャマだろうが、今頃は、それ以外にも沢山ヤラかしてドン引きされているに違いない。
困っているかも。
とうとう泣きが入っているかも。
余った女はフォローしてくれるのだろうか。
私は気付いた。久保田は、この期に及んで私を困らせているのだ。
高町社長が見せてくれる夢や憧れが、ちっとも頭に入ってこない。
……邪魔者め。
私は頭を振る。もう一度、振る。
程なくして2人でカフェを後にした。レストランを目前に私だけが立ち止まる。
高町社長は、ゆっくりと振り返った。本命にはなれない、とヤサぐれた神様がその姿に重なって、とうとう妄想すらも私を邪魔してくる。
目を閉じて……今はただ、ゆっくりと頭を下げた。
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