誰かのための物語
そんなことを言われていい気になったのだろうか。僕は、勧められるがままにサッカー部へ仮入部した。

そして、彼の言うとおりの雰囲気が居心地よくて、思い切って入部することにしたのだ。


僕は、誰の話でも鵜呑みにするわけではない。

むしろ、その頃は特に人に対する警戒心が強かったと思う。


しかし、相良の前ではそのような心配は不要なのだと、初対面ながらに悟ってしまったのだ。


その笑顔は本心からのものだと感じたし、嘘を言っている人の眼ではないと思ったから。


入部後も、相良はよく僕にサッカーのことを教えてくれた。

ルール、技術、個人練習の方法、戦術など、
いろいろだ。

そんな話を聞きながら、相良は本当にサッカーが好きなんだな、と思った。


そんな、明るくて一緒にいるだけで元気をもらえるような彼に両親がいないという話を聞いたときは、本当に驚いた。


こんな身近に、自分と同じような境遇の人がいる
という事実にも。


それまでは、身近にそういう人は誰もいなかったから、『自分だけ』という感覚がまとわりついていた。


しかし今はもう、そうは思わない。


僕らは、似た境遇だからこそ話せることをたくさん話した。

それも、明るく。


僕は、ひとりでいいと思っていたけれど、それは友達と付き合うことのよさを忘れていたからだったんだ。


 
相良が、僕にそれを思い出させてくれた。

相良が、サッカーの世界に連れてきてくれた。




ーー日比野には、試合に出てもらわないと困るからなっ!


練習中に彼が言った言葉。



相良は、僕の可能性を信じてくれている。

同じピッチで戦いたいと、思ってくれている。



そんな気持ちに応えたいと、強く思った。




電車の窓から見える夕日が、

町並みを優しく照らしていた。

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