誰かのための物語

芝や木々の深い緑が、輝いていた。


芝の中央に置かれたスプリンクラーから出る霧が、からっとした風にのって飛んでくる。

冷たくて気持ちいい。

僕は、大きく深呼吸をしてから身体を伸ばした。


最近は蒸し暑い日が続いていたのだが、今日はとても過ごしやすい。


池の水面はきらきらと光り、まぶしいくらいだ。

僕は目を細め、広大な庭を背にした。


大きな円盤状の建物。


壁はガラス張りになっていて、外と中はまるでつながっているようだ。


自然豊かな庭の中心に建つそれは、中にいても自然の息遣いを感じることができる。


エントランスに入ると、僕は緩いカーブを描いた長いベンチに腰をかけた。







ここは、僕のお気に入りの美術館。


一点一点の作品を見に来るところというよりは、敷地すべてが大きな美術作品で、その世界観を全身で、五感を研ぎ澄まして味わう場所であると言ったほうがしっくりくると僕は思う。



例えば絵画は、廊下の壁一面に直接描かれていたりする。

十メートルほどのとても長い壁画だ。


色鮮やかな花々が描かれて、美術館をより明るい雰囲気にしている。
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