誰かのための物語
僕は、記憶をなくしてからもよくひとりでここを訪れている。


庭も含め無料で見れるエリアが多くあるので、ここは僕にとって憩いの公園のような場所だった。


しかし、今日はひとりで来ているわけではない。


「日比野くん、お待たせ」


後ろから声がして、僕は振り向く。そこには、森下さんがいた。


「待った?」
「ううん、全然」


二十分以上前から来ているのだが、そのくらいは待ったうちに入らない。

それだけ、ここは時間を忘れさせてくれる場所なのだ。


「今日はありがとね、せっかくのお休みに付き合ってもらっちゃって」


「いや、そもそも僕のために来てもらってるから、むしろ感謝するのはこっちだよ」


彼女は、オレンジ色のチェックのワンピースを身に着けている。


夏だというのに肌は白く透き通っていて、なんだかまぶしい。

いつもは下ろしているくせっ毛は、後ろでひとつに結われ、彼女が歩くたびにふわふわと動いていた。

彼女は、この明るい美術館の雰囲気によく馴染んでいた。


今日は日曜日。

彼女の提案で、僕が小さい頃両親と行った記憶のある場所を巡ることになり、ここで待ち合わせをしたのだ。

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