恋人は魔王様
17.知りたくなかった現実
「早乙女百合亜」

私が一人で考えを纏めようと、必死に歩いていたのに。
その思考を全てばらばらにするかの如く、呼び止められた。

だーかーら。
私をフルネームで呼ぶのは止めてくれって言ったでしょう?

文句を言おうと足を止め、振り返ったその先に。

居たのは。

生徒会長桧垣こと、桧垣颯太だった。

数秒間、軽く、時が止まる。



「どうも」

こんなとき、気の利いた言葉一つも思い浮かばないようで、将来、主婦になったとき小難しそうなご近所づきあいがやっていけるのかしらと、どうでも良いことが頭の中をちらりと浮かんで消えていく。

目の前に現れた桧垣颯太は、昨日より幾分ましな顔で、だけど、幽霊と遭遇した後のように青ざめた姿でそこにぼうと立っていた。

……人かしら、それとも。

この世の中、魔王様から輪廻転生まで、なんでもありと知った私は、彼が本当に幽霊なのではないかと、一瞬疑ってごくりと生唾を飲み込む。

「昨日は、ありがとう」

し、しかも。
桧垣颯太の口から出てきたのは、この場にとても似つかわしくないお礼の言葉だった。

他人の家に不法侵入してお礼を言われるとは。
まぁ、なんとも。
よく分からない展開に、私は首を捻らずには居られない。

ぽかんとしている私がおかしいのか、颯太はくすりと笑った。
笑うと、少しは人らしく見えるなぁと、私はまた見当違いのことを考え始めている。

「君が来てくれなきゃ、あのままずっと部屋から出られないところだったよ。
お陰で、亮介とも話が出来たし。
感謝してる」

「そ、それはどうも」

いや、それ以前に私がどうして昨日そこに居たかについて考えたほうがよろしいんじゃないかしら?
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