恋人は魔王様
「君、名前は?」

若い方の刑事の声。

「どうやら、ここでは人に名前を聞く前にまず自分から名乗れ、という教えはないようだな」

納得したようにキョウが呟く。

「だから、そんなの教わらなかったって言ったでしょ?」

うっかり自慢げに答える私。

別に、目隠しされた状態が変わったわけではないのだけれど。
ときめくくらいなら、軽口を叩いている方が私に似合っているんじゃないかなぁと考えた結果。

「そうだな。
 可愛いユリアの言うとおりだ」

さして感情の見えない低い声で言うと、唇をふさがれた。

・・・て、これはもしやキス?
刑事の目の前で、質問にも応えずキスなんてしちゃってます?!

私は動揺のあまり身動きできなくなった。

万が一にでも言葉を発そうと口を開いたら、今、私の唇を甘く舐めているその舌がここぞとばかりに口の中に捩じ込まれるに違いないっ。

私は理性が弾けないように祈りながらそこに立ち尽くすほか、ない。
唇に、力をこめて。

大人しく、でも拒んでいる私を見て、キョウは手を私の目から耳元へと動かす。

閉じてない私の瞳が見たものは、唖然と私たちを見ている二人の刑事。


ヤバ!
目が合っちゃいました?!



「ちょっと、君たち?!」

刑事の一人が口を開く。

「っさい。
 人の恋路を邪魔するものはどうのこうのっていう諺、知らない?」

面倒そうにキョウが顔を上げて言う。

私はここぞとばかりに身体を離した。

「そういうことじゃなくてだねぇ」


「ああ、面倒だな。
 ユリア、ちょっと待って」

待ちませんけど?

心の声も反応も一切無視し、

「Gehen Sie fort.」

私には聞き取れない言葉を、キョウが低い声で囁く。

本日幾度目かのありえない風がさぁと吹き、二人の刑事はくるりと回れ右してうちから出て行った。

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