向日葵
第三話

 九死に一生を得た日から三日。ちょうど事件を忘れかけてきた頃、帰宅中のホームで未久とばっちり目が会う。無視して通り過ぎる訳にもいかず、無愛想ながらも一秋は仕方なく挨拶を交わす。
「どうも」
「こんばんは」
 そう言ったきり二人は見つめたまま沈黙し立ち尽くす。
(すっげー気まずい。綺麗っちゃ綺麗な人だけど苦手なタイプだ)
 お互い様なのだろうが何を考えているのか分からず二の句が継げない。
(用事がないなら早くどっか行って欲しいんだが、本人を目の前にしてそんなこと言えねえし。それにしても、この雰囲気。どこかで会ったような……)
 沸き起こる疑問と気まずい沈黙の中、未久の方から口を開く。
「あの……」
「はい」
「ベビーカーは弁償しましたか?」
(コイツまだ言うか……)
「してないし、する気もない」
 不機嫌な態度で一秋ははっきり言い切る。
(当たり前だろ。だいたい命救ったんだから、相手だってベビーカー弁償しろなんて言う訳がない)
 一秋の態度と言葉を受けて未久は察したのか、黙って会釈するとその場を後にする。
(感じ悪いヤツ。もう二度と会いたくねえな。まあ今のが二度目なんだが)
 内心自分にツッコミながら一秋もホームを後にした――――


――翌日、久しぶりの休日ということもあり、一秋はストレス発散も兼ねて大型ショッピングセンターへと買い物に行く。見たい映画が前日から公開となっていることもあり、それが目当てということもあった。
 開演までまだ三十分以上あり、時間潰しにショッピングモールをうろうろする。日曜日ということもあり、家族連れ、カップル、友人同士と通路は人で溢れ返っていた。
 人混みに辟易しながら歩いていると、ベビーカーを展示しているコーナーに出くわす。家族連れが品定めしている中、見覚えある黒髪の女性が目に止まる。
(二度あることは三度あるってホントだな……)
 呆れた表情で未久を見つめていると、視線に気付いたのか未久も一秋に目を向ける。視線が三秒ほど交差するが、お互いに会話が成立しないことを理解しているためかそっぽを向く。
(ま、好かれようとも思っていないしどうでもいいけどな……)
 売り場を後にし少し歩いていると、前方から見覚えある女性が話し掛けてくる。
「こんにちは、ご無沙汰しております。月岡さん」
(あっ、確かホームで助けた中村さんか。桐島にも会うし、なんか今日は凄い日だな)
 赤ん坊を抱っこしつつ笑顔で話し掛けてくる真由(まゆ)に一秋も穏やかに話し掛ける。
「こちらこそ、ご無沙汰してます。お変わりありませんか?」
「お蔭さまで。あの時は本当に助かりました。ありがとうございました」
 頭を下げる真由を見て一秋は戸惑う。
「やめて下さい。だいたい、助けたのは桐島さんであって俺じゃないですし」
「いえ、その桐島さんを助けてくれたことも感謝してるんですよ。もし桐島さんが亡くなっていたら、返し切れない大きなものを背負うことになるところでしたし」
「いや、でも俺ベビーカーを……」
 ベビーカーを投げ付け破壊したことを謝ろうとすると、真由はそれを遮るように意外な言葉を被せてくる。
「ベビーカーの件もありがとうございます。私はいいと言ったんですが、あのベビーカーが亡くなった主人の残した最後のプレゼントと聞いた桐島さんが、月岡さんと話し合って共同で半分負担してくれるって聞いたときは涙が出ました」
(えっ? なんのことだ?)
「今日は用事があって月岡さんは来れないと聞いてたんですが、無理してませんか?」
(なんかいろいろと意味分からんぞ。どういうことだ?)
 訝しながら真由と並んで再びベビーカー売り場に行くと、笑顔の未久が真由を向かえる。当然ながら一秋とは目も合わそうとしない。
 六万円以上するベビーカーの会計を済ますと、真由はさっそく赤ん坊を載せ満面の笑みを浮かべる。その姿に未久も笑顔を見せる。
(この笑顔、やっぱりどこかで見た気がする。一体どこでだ?)
 何度もお礼を言い去って行く真由を未久は終始笑顔で見送る。一方一秋はその隣でじっと未久を見つめる。出会った頃から膨れ上がる既視感に心がずっとざわついているのだ。一秋の視線を感じ未久は向き合い口を開く。
「さっきからずっと見てますけど何ですか?」
 真由に向けられていた笑顔は消え、警戒や軽蔑と言った感じの目つきをしている。
「いや、いろいろと意味が分からないと思ってな」
「見ての通り。私がベビーカーの半分の額を支払った。ただそれだけ」
「中村さんの中では俺も払ったことになってるけど?」
「私一人からだと受け入れてくれないと思ったし、壊した本人が払いたいと聞けば受け入れやすいんじゃないかと思っただけです。月岡さんがここに来たのは予想外だったけど」
「なんでそこまでする? 正直、ベビーカーを買ってやるなんて行き過ぎてると思うが。同情か?」
 一秋の言葉を聞いて未久は鼻で笑う。
「おめでたい人ね。何を話しても貴方とは合わないと思う。さようなら」
 一方的に別れを告げると未久は踵を返す。その態度に一秋はイラッとくる。
「待てよ!」
 歩き出す前に未久の腕を掴み引き止める。
「上から目線でモノ言うなよ。それと借りを作ったままじゃ気分が悪い。桐島さんが支払ったベビーカーの代金の半分は俺が返す」
 腕を掴まれたまま未久は黙って一秋を見つめる。
(うっ、何か言われないと気まずい。勢いで掴んだとは言え少し強引だったか?)
 しばらく見つめ合っていたが、一秋の方から我慢しきれず手を離す。
「悪い……、つーか何か言ってほしいんだけど」
「払うというなら早く払ってよ。一万五千円」
(わりと現金なヤツだな。クソ……)
 財布を出すと中身を確認する。
(一万五千円出したら買い物どころか映画も見れねぇし。しかし、一度言った言葉を取り消すなんて男として死んでもできん)
 内心苦しいものの、一秋は平然とした態度で一万五千万円を差し出す。未久は黙ってそれを受け取ると、何も言わずにその場を後にする。
(何やってんだろな、最近の俺。彼女にはフラれ、人助けて悪態つかれて一万五千円も没収って、今年厄年だったかな?)
 納得のいかない顔で頭をポリポリ掻きながら一秋も売り場を後にする。その後ろ姿を未久は遠くから眺めていた。

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