桜の咲く頃


「あ!私、いいの持ってるんだった!」



僕はその声に驚いた


だってさっきまで落ち込んでいたのに

急に人が変わったように話し出すから


何がなんだか分からずにいる僕の前に

1枚の栞を見せてきた



「私、この桜を探してるんだった!」



その栞はピンクの台紙に

その色より薄い桃色の桜がのっていて

上には白い紐がついていた


見るからに手作りのものだと分かった



「綺麗でしょ?」



そう聞かれ僕は頷いた


この桜が咲く桜の木

それを探してるってことだったのか



「場所は覚えてないの?」



そう聞くと

その子は止まってしまった

フリーズってやつだ



「あ…うん、覚えてないんだ」



数秒後、あどけなく笑って答えた



「ふーん、そっか」



さっきの間は何だったんだろう



そんな疑問を持ちながらも

桜の木を転々として歩いた




この前まで通っていた保育園の桜


今通ってる小学校の桜


坂道に咲く桜


曲がり角に咲く桜…




かなりの桜の木を見て回ったと思う


その中でも保育園の桜の木は

僕の知ってる中でも

一番大きくて立派な木だと思ったのに

これじゃないと言われた






待って、違う

一番じゃない






最近見たからそう思い込んでたけど

もっと大きな桜の木を

見たことがあるじゃないか



確かあの桜も薄い桃色だったはず



あれは去年の春

家から少し離れた所にある公園に

遊びに行った時だ


その公園は遊具があるいたって普通の公園


でも僕はそこで桜の木に目を奪われたんだ


視界いっぱいの桃色

僕のことを包み込むように伸びた枝

あたたかい茶色の幹


一年も前に見たものが

ゆっくりと蘇ってきた



「分かった…」



自然と口を出た言葉


女の子は不思議そうに僕を見る



「もっと大きな桜の木、知ってる」


「え!」



期待に輝く黒い瞳は

僕をとらえた



「教えてほしい!」



そんなこと言われなくたって

教えるに決まってる



口を開くと同時にあるものに遮られた




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