桜の咲く頃

12時になるとこの街で流れる音楽が

僕を遮る


そしてあることも思い出した


今日はお母さんがお昼に帰ってくるんだった

12時半までに帰らないと心配させちゃう…



「どうしたの…?」



心配したように聞いてくる女の子



「ここからだとちょっと遠いけど、商店街を抜けた向こうに公園があるんだ。そこに大きい桜の木があるんだけど…」



一瞬明るくなった顔がすぐに消え

不思議そうに僕を見る



「僕、家にもう帰らなきゃいけなくて…」



申し訳なく僕が言うと

女の子は僕の言いたいことを

理解したように話し出した



「一人でも大丈夫だよ。いろんなとこ連れてってくれてありがとう!」



そんなにキラキラした笑顔で

お礼なんていいのに…


だって結局探してる桜を

見つけられなかったんだから



「本当は一緒に行ってあげられたら良かったんだけど…」



僕がそう言うと女の子は首を横に振った



「大丈夫。ここまでありがとう」



そう言った女の子の顔は

さっきとは違う笑みを浮かびていた


今までとは違う

なんだか大人びた微笑み




僕は目が離せなくなった




この子の笑顔を初めて見た時と同じ

目の奥がじんとして

胸がぎゅうってなって




それから…






涙が出たんだ






「あれ、何で…?」



何で涙なんかが…



痛くないし、悲しくもないし

泣く要素なんて一つも無かったじゃないか


ほら、目の前の子も困ってる




「大丈夫…?」



「ごめん…!何でもないんだ」




あぁ、かっこ悪い

女の子の前で泣くなんて


ちゃんとバイバイ言って帰らなきゃ




「気をつけてね。バイバイ」


「うん、ありがとう!バイバイ!」




握っていた手が名残惜しくほどける



女の子は最後にとびきりの笑顔を置いて

僕に背中を向けて歩きだした



その背中を見送りながら

僕はなんとなく、こんなことを思った





これがこの子と会う最初で最後なんだ



って





僕もあの子に背を向け歩きだした

一歩、二歩、三歩…



振り向くとあの子の姿は無かった


もう行ってしまったんだ




そこでふと気付く



「名前、聞かなかった…」



僕の声は誰にも聞かれず

桜舞う風に溶け込んだ



桜の花びらに乗って

あの子に届いているとは知らずに…














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