恋は質量保存の法則
第七話

 十一年先の未来が気掛かりになっていたものの、今のうちから悩んだところで具体的な手立ても解決策もなく深く考えないようにした。それ以前に頭にあるのは目前に来たるクリスマスイベントへの対応であり、受験勉強や未来への対応なぞ考慮の余地も無い。
 上手い関係を築けている純平との間をより親密なものにすべく、今まで培ってきた女子力を総動員させてイベントに当たる事が律佳の全てとなっていた。
 那津も同じく純平のことを気に掛けているような素振りを見せてはいたが、律佳に遠慮をしているのか特段何か行動に移す気配もない。
 純平と二人きりで話したときの内容も聞いてくることも無く、殊今回の恋愛に関しては律佳自身の想いを貫かせて貰おうと思う。
(はっきり言って料理の腕には自信がある。坂本君の好物であるハンバーグなんて余裕の課題だし。問題はプレゼントね。バイト不可で収入がお小遣いだけの身では出来ることが限られてくる。やっぱりここは無難に手作り系の何かにすべきか……)
 放課後、図書室で真面目に勉強している生徒たちを尻目に律佳はノートを広げ、プレゼントの品を真剣に考える。しかし、冷静に自身の現状を把握して行くと、資力のあった大学生や社会人の時とは異なり中学生の身分では出来ることが少ないことに気付く。
 そもそも、中学生の身でありながら大人の対応をしようとしている時点で無理があり恋が彼女を盲目とさせていた。
(求められたら何にでも応えられると思ってたけど、未成年って結構制限があって出来ること少ないな。当時は全然そんなの感じてなかったけど、やっぱり大人の方が自由度が高くて良いわ)
 食事やデート等をするにしても、一度大人の世界を知ってしまっている律佳にとって中学生の恋愛はおままごとでしかない。遠方に足を伸ばすことも安易ではなく、今の外見では入れない場所もある。それに合わせ金銭面も伴わないとなると厳しいものがある。
 恋愛経験や人生経験がいくら豊富であろうと、活かせるシーンがあって初めて効果があると律佳は実感していた。
(学生時代は学生らしく学生の出来ることをしろってことかな。そう考えると今の身分は結構窮屈だわ)
 ペンを持ったまま真っ白なページをボーっと見つめていると、背後から肩をトントンと叩かれ反射的に振り返る。そこには図書室で幾度か見かける男子生徒が立っており、見覚えのある消しゴムを差し出していた。
「消しゴム、落としてましたよ」
「あ、ありがとう……」
 そう言って素直に受け取ると男子生徒はサッと斜め後ろの席に戻って行く。
 図書室での面識が多少ある程度で名前も知らないが、タイムスリップ以降どこか気にかかる存在でもあった。律佳の好みのタイプという訳でもないが、物静かで優しそうな雰囲気に好感を持つ。
(前にも思ったけど、坂本君とは全く違った雰囲気で大人しくて優しそう。隣のクラスの生徒とか全然覚えてないけど、こんな子居たんだ。思えばクラスメイトくらいしか交流なかったもんな)
 当時の記憶を懐古しつつ、ノートにペンを走らすその後ろ姿に自身とどこか似た共感を覚えていた。

 
 二学期の終業式を終えクラスメイトとの挨拶を済ませると、那津と並んで教室を後にする。毎日のように見ていた純平ともしばらく会えないと考えると少々寂しい想いもするが、二人だけの秘密の繋がりがある以上関係が途切れることもないだろうと楽観的な考えも持っていた。
 それよりも今一番心配していることは親友の那津のことで、その横顔はいつもとは違い全く元気が無い。今朝自宅前で挨拶を交わしたときから様子の変化に気がついてはいたが、敢えて触れないようにしていた。
(確か冬休みを前に、なっちゃんから転勤の話をされたはず。この横顔はきっとご両親から転勤の話を聞いたんだ。受験だけでなくまた県外に転校だなんて辛かっただろうな……)
 那津の心中を慮りながら通学路を黙って歩く。南国の高知といえども冬はやはり寒く、強い風が耳と頬を冷やしていく。黙ったまま長い歩道橋の階段を昇っていると、背後の那津が立ち止まり小さな声で呼び止める。
「りっちゃん……」
「ん、なに?」
「実は、大事な話があるんだ」
 今にも泣きそうなその表情を見て律佳は全てを悟る。それと同時に当時の記憶と気持ちが甦り何も聞かないうちから涙腺が緩みそうになってしまう。
(まだ泣いちゃダメだ。話も聞いていないうちに泣いてはおかしい。でも……)
「話って?」
 泣きたくなるの我慢しつつ敢えて笑顔を作り聞き返す。那津の瞳には既に涙が溜っている。
「あのね、りっちゃん。実は私、高校は県外になりそうなんだ。また親の転勤で」
「そうなんだ」
「りっちゃんも経験あるから分かると思うけど、転校ってホント嫌。今まで仲の良かった人間関係が切れて、また最初からスタート。新しい出会いがあるからとか親は言うけど、友達や好きな人と何度も別れるなんて辛すぎるよ……」
 頬を流れる涙を拭いながら想いを吐露するその姿に、律佳も我慢出来ず泣いてしまう。
「なっちゃん、私も同じ気持ちだよ。転校が多いと中々周りに馴染めないし、やっと仲良くなったと思ったらまた転校。故郷と呼べる場所、旧友と呼べる友も居ない。心はいつも孤独だった……」
 那津の目の前に立つと、その泣きじゃくる手を取る。
「でも、ここに転校して来てなっちゃんに会えて私は親友にやっと出会えたって思えた。心から信頼できる大好きな親友に」
「りっちゃん……」
「離れ離れになっても、なっちゃんは私の生涯の親友だよ。約束する。大丈夫。私はずっと忘れない。忘れないから」
 律佳の力強いその言葉に、那津は何度も頷きながら手を握り返す。泣き合いながら語る二人の姿を、一人の男子生徒は遠くからじっと見つめていた。

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