エリート上司の甘い誘惑
部屋に染みつく過去の名残
結論から言うと、あれから部長の雰囲気が再び甘くなることはなかった。


ふたりで居酒屋で簡単に食事をして、職場での当たり障りない話題で、ただいつもよりも少し砕けた空気で会話ができたことが私は嬉しかった。


御猪口を片手に持つ姿も、すごく様になる……とか見惚れてばかりいたわけじゃありません。


「西原は、仕事は丁寧だし信頼できる。だけど打たれ弱い」

「そう、ですか?」


そう言われて、私は一瞬首を傾げた。
自分をそんな風に感じたことはなかったからだ。


だけど、続いた部長の言葉に考えさせられるものはあった。


「周囲からの打撃に、というより、自分自身だな。真面目にやってきたからこそだろうが、自分がミスすることに慣れてない」


確かに、そうかもしれない。


ミスはしないに越したことはないし、しちゃいけないものと思ってやってきていたけれど。


「ミスするのも経験のうちってことですか」

「まあ、そうだな」

「ぼけっとした上でのくだらないミスでも?」

「くだらないことをした、っていう経験値に繋がることで得られる度胸もある。もう少し素直に、周囲に頼れるくらいには」


漠然としたイメージではあるけれど、部長が言いたいことはなんとなくわかった。
何せ今回、明日に間に合わないかもしれない、と思った時の私の動悸息切れは半端じゃなかったし、そこで誰かに正直に話して手伝ってもらうという選択肢を選べなかったのも、本当にミスにつながった時の怖さを知らないからかもしれない。


考え込む私に、部長はくすりと笑って言った。


「くそ真面目」

「えっ、だって真面目な話じゃないですか!」

「怒ってるわけじゃないんだよ。ミスは誰にでも起こりうるものだし、起きたとしても助け合える環境にあるってことだよ」

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