課長の瞳で凍死します ~伊勢編~
 




「あ~、ついにこの部屋も見納めなんですね」

 食事を終え、部屋に戻った真湖は呟く。

 憧れの天蓋つきのベッド。
 一度、外に出てみただけの西側のベランダ。

 浴衣を着替えただけの和室。
 一度も座っていないマッサージチェア。

 一度も使っていないシャワー室。

 幽霊が出るかもしれないトイレ……

 は、まあ、いいけど。

「なんだか思い残すことばっかりですっ」
と騒ぐと、

「わかった」
と溜息をついた雅喜は、タブレットを手に言う。

「とりあえず、思い残すところに全部存在してみろ。
 撮ってやるから」

 ……存在してみろって、と思いながらも、和室に座って、ジュースを飲んでみたり、ベランダに出て、外を眺めてみたりした。

 それを雅喜がすべて写真に収めていく。

 ベランダで風に吹かれながら、真湖は振り返り、言った。

「課長も撮ってあげますよ」

「俺はそんな莫迦な真似はしない」

 ……すみませんね。
 莫迦な真似で、と思いながら、真湖は言った。
< 41 / 48 >

この作品をシェア

pagetop