クールな次期社長の甘い密約

「会長から……ですか?」

「そうです。いずれ専務が津島物産に入社する。その時、専務をしっかり支えられる様に準備をしておけと言われました」

「倉田さんを追い出しておいて、そんな勝手な……」


当然、倉田さんはその申し出を断った。でもその後、君華さんから連絡があり、津島の籍は抜けても倉田さんは社長の息子なのだから、津島物産で頑張って欲しいと言われ心が揺れた。


「君華さんの頼みでは断れませんからね」


結局、倉田さんは津島物産に入社し、社長の息子だという事を隠して必死で働いた。


そして、君華さんに久しぶりに会いたいと言われ、津島家で食事をする事になったのだけど、倉田さんが来る事を知らされていなかった会長が倉田さんに気付くと厳しい口調で言ったそうだ。


――平社員がこの家で食事とは何事だ。この家の敷居を跨げるのは役員だけだと……


やはり自分はここに来てはいけなかったんだと思い早々に帰ろうとしたら、君華さんが追いかけてきて悲痛な表情で謝ってきた。


津島物産に入社する事を勧めた自分が間違っていた。もう倉田さんに辛い思いをさせたくないから会社を辞めて好きな事をしろと……


自分のアパートに帰る道すがら、倉田さんはなぜか涙が止まらなかった。当時の倉田さんにはその涙のワケが分からなったが……


「今なら分かります。私は、会長に認めてもらいたかったんですよ。専務だけを可愛がる会長に、自分も同じ孫だと認めて欲しかった」

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