クールな次期社長の甘い密約

木村さんはスマホのディスプレイの上で何度か指を滑らせると私にスマホを差し出してくる。


「今年、津島物産に入社したって言ってたから、大沢さんと同期のはずだけど……知らない?」


暗闇に浮かび上がった文字を見た瞬間、全てを理解した。


「小沢……真代」


ようやく分かった。小沢さんが受付に来た時に言っていた"結婚祝い"とは、この事だったんだ。これは、自分を解雇した専務とそのきっかけを作った私への復讐。


仕返しするなら私だけにすればいいのに、どうして倉田さんを巻き込むの?


やり場のない怒りに拳を握り締めると事情を知った木村さんが小沢さんに文句を言ってやると電話を掛けようとする。


「……電話は、しないで下さい」

「どうして? このままじゃ腹の虫が治まらないわ」

「ここで小沢さんに文句を言ったところで何も変わりません。常務に事情を説明して、なんとか倉田さんが会社に復帰出来るよう頼んでみます」

「常務に?」

「はい、常務は倉田さんの味方ですし、それに、小沢さんの叔父の宮川先生は、常務の同級生だと言ってましたから」


納得いかない顔をして渋々スマホをポケットにしまった木村さんに、私は最後の質問をした。


「あの、失礼を承知でお伺いします。木村さんは、今でも専務の事が好きなのですか?」


再び空を見上げ、目を細めた木村さんが「専務の事は、もういいの」と呟く。


「たとえ専務と結婚出来たとしも、愛されてなきゃ幸せにはなれないもの。そうでしょ?」

< 332 / 366 >

この作品をシェア

pagetop