secret justice
第34話

「では、ボランティア仲間の更科勇気さんの死を知っているのにも関わらず、一家殺害を調査している草加さんにそれを伝えて協力なさらなかったのはなぜですか? 鹿島さんほどの正義の心を持っている人なら生徒会仲間の草加さんが調査していると聞けば、知っていることを話すのが自然だと思いますけど」
「草加君が一家殺害の事件を調査しているのは知っていたわ。けど、だからと言って更科さんの死を告げる理由はないと思う。私と更科さんが知り合いと分かったとこで、あの時点で資料の運搬だけを任されてると言っていた草加君にとって何にもならないことは聞いて分かったから」
(鹿島先輩の言う通りだ。どうするんだ晶)
 晶は少し沈黙したのち真を見る。さっき公園で見たときのように悲しい目をしている。
「鹿島さん。これから先の話はできることなら、私の口から話したくはありません。私が話していい内容ではないし、話してしまっては鹿島さんが守ってきたものが無意味になるから……」
 今まで微動だにしなかった優が、そのセリフを聞いたとたんに厳しい表情を見せる。しかし、うろたえずに言い返す。
「何のこと言ってるの? 変なカマを掛けようとしても無駄よ」
「鹿島さん、鹿島さんはすごく強くて正義の使者みたいな人だと草加さんから聞きました。そして、この事件の真相が見えたとき、私は犯人が鹿島さんだと確信しました。だって、こんなマネをできる人なんて普通考えられない」
 晶の話す内容に全員静かに耳を傾ける。
「絶対的な正義の元に生きてる鹿島さんしかいないって思った。その命がけで守ろうとしたモノを私なんかが言ってしまったらいけないと思う。鹿島さん、早坂さんとの会話は草加さんにはまだ話してません。どうか自首して下さい」
 晶のセリフに鹿島は長く目を閉じて聞いていたが、おもむろに口を開く。
「分かったわ……、話さないでいてくれてありがとう。あなたの言う通り、勇気を殺害したのはこの私。あなたは分かってるとは思うけど、勇気は最低の男だった。殺されて当然なくらいのね」
 優はたんたんと話を始める。
「更科さんが一体何をしたというんだ?」
 啓介は動揺しながら聞く。優は震える広瀬をチラっとみてゆっくり話し出す。
「勇気は連続婦女暴行犯だったのよ。もちろん『sora』の中にも被害者は数人いる」
「えっ!?」
 真と啓介は同時に驚く。晶は予想していたのか黙って鹿島を見ている。
「あの日、それを正す為に勇気の家に行った。でも勇気から出た言葉は謝罪や後悔ではなく、自分を肯定し女性を蔑視する言葉だけだった。私はそれが許せなくて勇気の父親に説明していさめてもらおうとした。でも、父親は私にどうしたと思う? リビングからお金を入れた封筒を差し出してきたのよ? これをどう思う?」
 黙っている真と啓介に対して晶が代弁する。
「子も子なら親も親ってトコ、かな」
「そう、被害者の気持ちではなく、まず自分たちの保身が第一。この血筋の存在自体が悪だと思ったわ」
「それで一家惨殺か……。けど、黒田を利用して丸武を殺害しようとした理由は合点がいかない。なんで?」
「それは黒田を操っていた黒幕が許せなかっただけ」
 優は変わらず淡々と話し続ける。そこへずっと黙っていた真が口を開く。
「鹿島先輩、先輩がこんなことをしなくても、法律が裁いてくれたはずです。なんで殺人なんてことを……」
「草加君、強姦は親告罪と言って被害者が自ら提訴しなければならないの。草加君は被害者の女の子の気持ちが想像できる? 裁判になって自分に起きたことを公にして証言することがどれだけ大変で辛いことだか分かる? 勇気から受けた犯罪の被害者は一人や二人じゃない。しかも勇気はその被害者を撮影して脅し、口封じまでしていた。私はその子達のすべての想いと痛みを背負って勇気に復讐した。私のやったこと自体がどれだけ最低なことかは自分自身よく分かってる。だから正当化もしない。すべての責任は甘んじて受ける」
「先輩……」
 真はかける言葉が見つからずただ黙り込む。建物の外からはパトカーのサイレン音が鳴り響き、だんだんここへ近づいてくるのが分かる。
「晶、おまえ……」
「ご明察、入る前に電話してたのはおっちゃんだよ」
 晶は優に向き直していう。
「あたしは人を殺すような犯罪者なんかホント死んでしまえばいいと思ってた。人はいろんな運命の元で生まれてきて、辛さとか喜びとかを積み重ねて歴史を紡いでる。それを『自分がすべての責任を負うから』なんて身勝手な想いで切っていいもんじゃない。どんな理由であれ、人が人の未来を奪う権利なんてないんだから。けど、あたし、これでも女だし、気持ちは分かるよ。ただ、あなたはやり方を間違った。これから一生かけて十字架を背負いながら生きるしかないと思う」
 晶はそう言い残すと一人部屋を出ていく。広瀬はしゃがみこんで泣きじゃくっている。啓介や棚橋もうつむいたまま何もしゃべろうとしない。
(こんな方法しかなかったのか。こんな終わり方しかできないのか……)
 真も何も言えないまま立ち尽くす。 サイレンが事務所の前に止まり慌ただしい物音とともに警察官と馬場が入ってくる。
「鹿島優さんは君だね? 殺人及び殺人教唆、放火の容疑で君を任意同行する」
 馬場の言葉に無言でうなずくと警察官が二人寄ってきて優の両腕を掴む。
「連行しろ」
 馬場の命令で優は警察官に引きずられるように部屋を連れ出される。真は急いでその後を追いかける。 事務所の外に出ると数台のパトカーに野次馬が集まりだしており、事務所の前に立っていた晶が真に気づいて寄ってくる。真はパトカーに押し込められる優に何も言葉をかけられずただ立ち尽くす。優を乗せたパトカーが走り去ったところに馬場が話しかけてくる。
「鹿島君、署でも自供すると思うか?」
「するよ。大丈夫」
「そうか。ああ、そういや竜也のヤツ無事に見つかったぞ」
「……あのアフォはどこにいた?」
「北海道だ。おそらく鹿島君の電話で騙されてノコノコ行っちまったんだろ。明日には帰ると」
「のん気なヤツ。そのまま阿寒湖に沈めてやりたいわ」
「ははっ、アッちゃんは相変わらずキツいな。何にせよ今回はアッちゃんと真君に助けられたよ。ありがとな二人とも」
 馬場は禿げた頭で礼をする。
「いえいえ。今度、回ってないお寿司をおごってくれるだけでいいから気を遣わないで」
 晶はキラースマイルで痛い約束を取り付ける。
「あのな、公務員の安月給を知らんのかオマエ」
 晶と馬場は小さなことで議論をしているが、真は心にぽっかり穴が空いたような心地でパトカーが去った通りを眺めている。そんな真の様子に気づいたのか晶が真の背中に跳び膝蹴りを入れてくる。
「いっっつっ、何するんだよ!」
「ボーっとしてるとおっちゃんみたいに禿げるよ?」
「アッちゃん禿げは関係ない」
 馬場は気にしてることに触れられナイーブになっている。
「どんな理由だよ、まったく……」
 真は背中をさすりながらぶつぶつ文句言う。
「どうせ、『僕は鹿島先輩に何も言ってやれなかった。僕は無力だ』な~んてバカなこと考えてたんでしょ? バレバレだって」
「うるさいな」
「だいたい、人が人一人に対してできることなんて小さなことなのよ。恋人や家族に対してだって何もしてやれないことがあるのに、友達が大事、先輩が大事、亡くなった人の想いも大事、って、真は神様にでもなってるつもり? すべてを救うことなんて絶対無理なのよ」
 晶は両手を腰にあてて真を叱咤する。
「……分かってるさ」
 真は言い表せない胸のつかえを抱えながら晶の言葉を聞いていた。


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