secret justice
第9話

 息を切らしたまま最寄りの水城駅に着くと呼吸を整える。ここから八雲駅までは四つの駅を経由することになる。携帯電話の液晶は九時二分となっており、時刻表を見ると次の八雲駅方面の列車は三分後に到着することが分かる。
 水城駅からいつも降りる茶屋咲駅までは約十分。茶屋咲駅から八雲駅まではどんなに時間がかかっても十五分以内には着く。
「なんとか間に合いそうだな」
 手際よく切符を買うとホームに出る。この時間に繁華街のある八雲へ行く人は少ないようでホームは二、三人にしかいない。真はできるだけその人たちからも離れ、携帯電話を取り出し通話するフリをしだす。
「今から事務所に向かうのはいいとして、まず生存を前提とした場合、どう説得し危機を知らせるかが問題だよ」
「この際、天野の幽霊から頼まれたって暴露っちゃう?」
「それじゃあ証拠がないから説得できない」
「できるわよ。ちょっとしたショック方法になるけど」
「ショック方法?」
「幽霊は生前の自分の持ち物や親族の持ち物に触ることができる、よ」
「なるほど、それはいけるな。よし、それでいこう」
 携帯電話を折り畳むとポケットに入れる。そこへ車内ガラガラの列車がちょうど入ってくる。周りに不審がられないようにいつでも遥と話せるような座席を探し、車両の一番後ろに座る。
 この時間帯だとサラリーマンの帰宅時間もほぼ過ぎていて座席はわりと空いている。通学の混み具合から考えると雲泥の差だ。周りに人がいないことを確認すると、再び携帯電話を取り出し遥に話しかける。
「具体的にどんな作戦でいくつもりなんですか?」
「真君が霊の見える少年という設定で、事件現場で私と会った。そして私から依頼を受けて事務所に来たと言う。そして、この事務所内にも天野さんの霊が恨みのあまり彷徨っていると言う。私が事務所内の私物をちょこちょこっと動かしポルターガイストを起こせば多分OK。志村けん……、じゃなかった久宝さんは幽霊話とか苦手だから一発だと思う。それでもダメなら久宝さんの前で私が直接紙に書いて協力するように要請するわ」
「それは要請ではなく、半分脅しですね。久宝さんから見たらペンだけが動いて文字を書くんだからね」
「この際小さなことは気にしない。その方が久宝さんも自身に危険が迫ってるということが身に染みて実感できるだろうし」
「致し方なしってとこか。で、もう一つのパターン。久宝さんが既に亡くなっている場合なんだけど。事務所内で亡くなっていた場合はかなり慎重に行動しなければならない。事務所に向かった僕が怪しまれることになるからね。逆に事務所以外のどこかで殺害されてても慎重に行動しなきゃいけない。事務所に張り込んでいる者や下手すると事務所に不審者がいる場合もある。僕らと犯人に共通していることは調査資料を手に入れることだからね」
「犯人からしたら、自分の足がつく資料は早く手に入れて自ら隠滅したいものね。そう考えると、かなり危険な場所に向かってるって実感するわね」
「僕は家を出る前から危険を感じてたよ。だから僕にもしものことがあっても、事件を解明してもらえるように引き出しにメモを残してきたんだ。更科事件と久宝探偵事務所の繋がりを警察が調べれば、資料が探偵事務所から無くなったとしても、いつかは犯人にたどり着くかもしれないからね」
 到着駅のアナウンスが流れて列車が次の駅に止まる。携帯を持ったまま窓からホームを覗くがこの車両に乗車する人はいないようだ。真と遥は再び会話を始める。
「私が更科さん宅で事件に遭ったのが昨日のこの時間くらいだった。丸一日経って犯人がどこまで行動を起こしているかが問題ってことね」
「犯人が天野さんの所持品や資料を見てなかったらセーフ。資料を見てても行動を起こしてなかったらセーフ。行動を起こされていても、こっちが資料を手に入れることができればセーフ。それ以外はすべてアウト。最悪の場合、事務所で犯人にバッタリってことも覚悟しとかないといけない。そこで念のためにこれを持ってきた」
 真はズボンの後ろポケットから小さめのスプレー缶を出す。
「これは?」
「熊撃退用スプレー。登山のときに買っておいたヤツ。一回も使ってないから残量も大丈夫。僕の右後ろのポケットに入ってるから。いざってときは天野さんが使ってよ」
「えっ? 私が?」
「当たり前だよ。スプレー缶を構えた相手より、全く構えていない幽霊からの一撃の方が確実に犯人を撃退できる。このスプレーは僕がずっと所持していたものだし、現に今持ってるんだから天野さんでも持てるでしょ?」
「ええ、持てるし扱えるわ。けど、真君、怖くないの?」
「怖いよ。でも、行かないと人が一人亡くなるかもしれない。僕が行くことで救える可能性があるのなら行かないといけないと思う。それに今回の一家惨殺事件は個人的にも許せない。どんな理由があったにせよ、一家全員を殺害し見ず知らずの天野さんまで殺し放火までするなんて常軌を逸している。天野さんの無念をはらすというのも一つの動機だけど、自分自身の正義を貫くという意味もあるんだよ」
「正義、ね。でも、そんな真っ直ぐな正義のために若い命が失われるのは、私は嫌。取り憑いてる私が言うのもなんだけど、真君にはそこまではしてほしくない。私はもう死んでるから私の身に係るものは怖くない。けど、私のせいで誰かが亡くなるというのは耐えられないしすごく嫌」
 しばらく二人の間に沈黙が流れる。そこに車内アナウンスで茶屋咲駅到着が流れてくる。
「真君」
「何?」
「危険だと思ったら逃げて」
「了解」
 茶屋咲駅到着同時に真は電話をポケットにしまった――――


――急いでいるとき、得てして物事がうまく進まないということはよくある。会いたくない場所で知人とばったり会ってしまったり、急いでいるときに渋滞に巻き込まれたり。
 そして、その事態が想定できてたとしてもやはり困ることには違いなく、真はそれを今実感していた。
「あ、草加君。こんな時間に会うなんて珍しいわね」
 茶屋咲駅で真の乗っている車両に乗ってきた女子高生はジャンヌこと優だ。
(今日はタイミングが悪いな……)
「こんばんは鹿島先輩」
「こんばんは。あ、横座っていい?」
 遥はいつの間にか向かいの座席に座っている。わざとかどうか分からないが、ニヤニヤした表情からすると敢えて状態1だと推察できる。
「どうぞ」
「失礼します、っと」
 そう言うと優は元気よく隣に座り、その所作にはいちいち華があると言われるのも間近にいるとよく分かる。
「先輩、こんな時間まで何してたんですか?」
「え、もちろん……、デートよ」
「えっ!」
「な~んて言って草加君の反応を見る今日この頃」
 意味深な瞳でじっと見つめてくる優に真はホッとする。
「ですよね~」
「あら、その『ですよね~』は心外ね。私にデートという言葉は似合わない?」
「あ、いえ、滅相もない。鹿島先輩ほど才色兼備という言葉が似合う人もいないと思います」
「えっ、な、何よ急に……。褒めても何も出ないわよ」
「分かってますって」
 照れている優を見るのは珍しく真は少し嬉しくなる。
「もう……、それより草加君こそこんな時間にどこ行くつもり? 下手したら補導される時間帯よ」
「ちょっと、野暮用に……」
「もしかして、今日聞いた事件関連?」
「ええっと……」
 遥を見ると両手で大きくバッテンマークを出している。
「今日話した事件とは全く関係ない、ただの買い物です」
「ふ~ん。こんな時間に買い物って、相当急ぎの物なんだろうね。一体何?」
(どうしよう、うまい言い訳が思いつかない)
 再び遥をチラっと見ると、肩をすくめヤレヤレと言ったふうなポーズをしている。
(肝心なときに頼りにならない人だな)
「もしかして、エッチ系?」
「そんな訳ないでじゃないですか。八雲に深夜まで開いてる本屋が最近オープンしたんですよ。そこで専門書を見に行くところなんです」
 焦りながら真はテレビで見た情報をとっさに口にする。
「あぁ、そういえばテレビでもやってたわね。確か店内で小さなカフェがあって、本を読みながらお茶できるってとこでしょ? 前々から興味あったし綺麗なとこみたいだから、私もちょっとだけ寄ってみようかな」
(やばい、話に食いついてきてる)
「あの、失礼ですが先輩の制服姿は八雲ではかなり目立つと思うんです。ご存じだとは思いますが八雲は繁華街で補導員もたくさんいます。何かあった場合、先輩の内申にも係ると思うんですが」
「それなら心配ご無用。私の家は八雲駅の近くだもの」
「えっ?」
「実は通学のときその本屋を見かけてて気にはなってたの。草加君が行くのなら私も行くわ」
(まずいなぁ、どうする……)
 真が悩んでいるのを察して遥が近づいてくる。
「真君、私にいい考えがあるから大丈夫よ。ここでは鹿島さんを誘っといて」
(仕方ない、ここは天野さんを信じるしかないな)
「家が近所なら安心ですね。じゃあ、一緒に行ってみます?」
「ええ、喜んで」
 笑顔で即答する優を真は心配そうな顔でみつめる。
(本当に大丈夫なんだろうな。こっちは命がけでタイムリミットまでついてるのに……)
 遥は既に気にしていないのか諦めているのか、車内に貼ってあるエステの広告を真剣に見ていた。

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