メジャースプーンをあげよう

 あっさり家に帰された夜、見たいと思った顔だった。

「……睦月さん」

 私から伸ばした手を重ねる。
 びくっとした睦月さんは私の目を見返す。

(どうしよう。自分から言い出すのってはしたない?)
(ひかれたらそれこそ立ち直れない)

 心臓が飛び出しそうになりながらも、つながれた手を握りかえした。
 いい年をして恋愛の進め方がわからなくなっている。
 久しぶりだからっていうのもあるけど、生真面目な睦月さんに幻滅されたくないっていうのが大きい。
 だって、好きですと言ってからじゃないとキスをしなかったくらいだから。

「……出ましょうか、いつきさん」
「え?」

 睦月さんは手をつないだまま立ち上がり、私をエスコートするように角度を変える。

「よければ、飲み直しませんか」
「…えっ? こ、これからですか」

(こんな素敵なバーから、さらに飲み直し?)

 驚きながらもスツールから降りた。
 その時、睦月さんがふっと近付いてささやく。

「……俺の家で」

 思わず振りむいた。
 仕事中の鉄壁な仮面は完全に影をひそめ、男らしさと穏やかさが見え隠れする複雑な――男の顔。
 顔に熱があつまってうまく返事が出来なくなる。
 ただ頷いて、重ねられた手に力をいれることで応えた。

「……よかった」

 小さく落とされた声に嬉しさが滲んでいるようで、なんでか泣きたくなる。
 肩を寄せて歩き出そうとしたところで、ふと思い出した。


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