メジャースプーンをあげよう

(こんな時にと思うけど、こんな時だからっていうか)

「あの、睦月さん」
「……ん? なんでしょう」
「よければ…名前で呼んでもらえると嬉しいです」

 睦月さんがぴたっと止まる。
 驚いたように見開いた目と目が合った。

「………いつき、って…お名前じゃなかったんですか」
「え?はい、フルネーム、いつきはじめっていって」

(……そういえばちゃんと名乗ってなかった)

 聞かれなかったからっていうのもあるけど、いつきという苗字はどちらにも取られることが珍しくない。
 だから全然気にしてなかった。
 でもさすがに、今からの展開を考えるとこのままってわけにも―――

「あれ、睦月さん? どうしま」
「…俺が睦月で名前なので、一月と書くいつきさんも名前だと勝手に」
「ああ、よく言われますよ。だから気にしないでください」
「……大変失礼を……名前を把握していないままで俺の家に呼ぶなんて」
「いや待って睦月さん」

(そこ!? ここにきてそこに生真面目さ発揮する!?)

 強く手をにぎり、ひとりで苦悩する睦月さんを私に向かせた。

「今から呼んでくれればいいんです。おうち、行きたいです」
「…いいんですか?」
「……言わせないでくださいよ。私の前では生真面目さのさじ加減調整してくれないと…」
「してくれないと?」

 睦月さんは唇の端をあげる。絶対わかって言ってる。
 生真面目さに隠れてるつやっぽい男らしさ。そういうところを私にだけ見せてほしい。

「……睦月さんって、けっこう意地悪なんですね」
「好きな人にだけですよ」

 そう言って、睦月さんは私の耳にキスをした。


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