癒しの田中さんとカフェのまみちゃん
管理室ミーティングの初日、中村さんが

「坊ちゃん、私たちはみな、社長から事情を伺っております。
我々が全力で坊ちゃんの素性がばれないよう、
万全の体制で臨みます。これからよろしくお願いします。」

と挨拶をした。

そして、長年、親父の右腕となって働いていた半井さんが、

「坊ちゃん、差し出がましいようですが…」

そういいながら、いきなり自分の部分用かつらを外した。

「変装にこちらをお使いください。
秘書をしておりましたときは、スーツでしたし、
華やかな場にも出ることがありましたので、
これを使っていたんです。
しかし、管理スタッフで作業着生活なら
必要ありません。
普通のかつらと違って、これなら自然ですし、
夏でも頭が蒸れません。
しかも、白髪まじりですので、
坊ちゃんが年齢不詳になること間違いなしです。」

あのダンディーな半井さんの頭が寂しいことになっていたとは、
驚きで、俺はたぶん口をあんぐりさせていたと思う。
中村さんも呆気にとられた顔をしていた。
秘書仲間の吉田さんだけご存じだったのだろう。

その後、吉田さんが

「半井さんのお話をお聞きして、
ヘアスタイルが白髪まじりになっても、
坊ちゃまは姿勢がいいので、
うまく誰にも気づかれないかは心配です。
作業着を補正して、猫背っぽく見えるように、
背中の部分を綿を入れるなどして工夫をしてみてはどうかと思うんです。
うちの家内が洋裁をやっていますので、そちらは私にお任せください。」

といってくれた。

そのほか、おせっかいなおじさんたちは、
黒い太めのセルフレームの伊達眼鏡があったほうがいいとか、
みんなから声がかかりやすいように、
柔らかい笑顔でいることが大切だのあれこれとアドバイスしてくれた。
そして、松浦ではなく、田中の方が素性がバレにくいという話にもなった。

こうして、親父の何気ない一言と
おせっかいなおじさんたちのアイデアで
いつわりの管理スタッフ田中さんは生まれたのだ。
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