秘密の告白~おにいちゃん、あのね~
「まだ僕は未熟者です。でもここに来てよかったです」

「そう、じゃあこれからとっても忙しくなるわね」

「はい」

「たまには来てくれてもいいのよ?もちろん、遊びにね?」

「……はい」

「こどもたちも、寂しがるわね」

「……っ」

 はい、たった二文字なのに、喉が熱くて鼻がジーンと痺れてうまく声が出なかった。

それほどまで、僕のこの二年は穏やかで慌ただしく、温かいものだった。

「はるちゃんには?」

 首を小さく横に振る。

「伝えてあげてね。はるちゃんにとって、急にいなくなることはとても怖いことだから」

 僕なんかのどこを気に入ってくれたのかはわからないし、どうして彼女はあんなに周りをよせつけなかったのかなんてもっとわからない。ただ、それでも、僕を必要としてくれたことに代わりはなくて。

遥姫は、僕の居場所を作ってくれた子だった。


「お世話になりました」

 テーブルに頭がついてしまいそうなほど下げると、いつの間にか頬には涙がこぼれてしまっていた。


「えんちょうせんせーい!たくちゃーん!!」

 トラの元気な声が外から響く。

その明るい声に僕はとても心が温かくなり、顔をあげると、園長先生も目じりもすこし濡らしてにっこり微笑んでいた。


 庭から大勢の子供たちが帰ってきて、水道場は賑やかに混みあう。

入室早々、うさぎを抱きしめて列に並ぶ遥姫の腕をつんつんとつつくと、まんまるな瞳が僕を見つめる。


「遥姫、ちょっといい?」

 コクンとうなずいた遥姫を連れて、落ち着いた玄関ホールに移動する。

誰かの靴が下駄箱から落ちていて、片割れを直しながら僕は口を開いた。

「僕にはずっと悩んでいたことがあってね。でも、決めたことがあるんだ」

 夕暮れ時のオレンジ色の光は、ただでさえ儚い遥姫の表情に黒い影を作っていく。

「僕は……この園を辞めることにしたんだ」

 あの日と同じように膝を抱えるようにしゃがみこみ、そしてつり目がちな大きな瞳が見開いた後形を崩して濡らしていく顔を見つめた。

「遥姫、君がいてくれて僕は楽しかったよ。遥姫は?」

 さっき緩めたばかりの涙腺にどんどん熱が帯びていく。でも、笑えていたと思う。

嗚咽ばかり漏らす遥姫は、ぬいぐるみを抱きしめていた手に力を込めて僕に一歩近づく。

「おにい、ちゃん。あのね……」

 ぽろぽろと大きな粒の涙を流し、絞り出すように遥姫は言葉をつなぐ。

「はるきもね、たのしかったよ」
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