秘密の告白~おにいちゃん、あのね~
「確かに今まで自分の気持ちを口に出すのが上手じゃないな、とは思いましたけど、この前の久しぶりに会った遥姫は素直な気持ちをぶつけてくれたんじゃないかと思います」

 頼まれてきたと思って拗ねたこと。ずるい、といって恥ずかしがったこと。
会いたかったと、喜んでくれたこと。

思い出すだけで胸の奥がきゅうっと締め付けられる。

「遥姫も話さないから想像でしかないんだけど、空白の時間に遥姫を変えたなにかがあったのかもしれないなぁ」

 ふと天井を仰ぎ見る義之さんに、僕もなんとなく同意してしまった。
それが自分でないのが少し悔しいのだけど。

「これが本当の遥姫だったのかな」

 と小さくつぶやいたのが義之さんの耳にも届いてしまったらしく、ふっと笑われてしまった。

義之さんは瓶ビールをもって僕のグラスに注ぎ始めて、慌てて自分のグラスに手を添える。おっとっと、と言いながら瓶を僕も持たせてもらい、義之さんのグラスに注ぎ返した。

「さて、僕の用件は終わったので早速本題に入ろうか」

 そういって義之さんは黒革のサブバッグを漁り、テーブルにすっと僕に向けて差し出したのは一枚の名刺。

ただ、僕はそれを見て唖然とした。

「え、あ、あの……?」

「今までは遥姫の父として。そしてこれからの時間は、一之瀬義之として話を聞いてくれるだろうか?」

 目の前にあるのは、僕なんか足もとにも及ばない超大企業イチノセ株式会社の代表取締役と書かれた名刺。

体が思うとおりに動かない。

「匠くんは経営学を学んでいたよね?」

「えっ、あ、はい。コンサルティングとか、会社を回すこととか、そういうものに興味がありました」

 手が震えた。まさか、義之さんがこういう人だったなんて……。

混乱が思考を邪魔するけれども、目の前の彼を僕はきちんと見れていなかったと思う。

「どうして興味がわいたんだい?」

 どうして……?そこまで考えたことがなかった。

ただ漠然と空っぽの頭のまま、口にしていた。

「母が……働くんです、僕のために。僕は、正直そこまでしなくてもいいと思っていて、そんなに働くことが、会社が大切なのかなって……」

 ぐるぐると幼少期を思い出す。

そうだ、僕は本当は高校だって大学だっていかなくてよかった。
母と一緒にいれればよかったから。

僕も、寂しかったから。
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