ふたりぼっち
木村先生はただ一言「ついて来なさい」と言った。


俺は大人しく大きな背中をした木村先生の後ろをついて歩く。

やがてたどり着いたのは、医薬品の香りが漂う診察室だった。

土曜日の午後を過ぎたひと気の無い診察室で、木村先生が静かに尋ねる。


「じゃぁ高瀬くん、1つ尋ねるが……君は自分を忘れてしまっている今のハルくんのことを、まだ本当に愛しているのかい? 」

「俺は…………」

事故前のハルの笑顔が頭に浮かぶ。

まるで、太陽のように眩しい笑顔。

ー 『私、やっぱり貴 方の名前覚えていましたよ。……明彦さん』ー

そう言って微笑む一昨日のハルの笑顔は......事故前と何も変わっていなかった。

そう、彼女は何も変わっていない。

変わってしまったのは、俺の方だ。


「はい。俺は今でもハルを、愛しています。……でも、俺は怖かったんです。事故の記憶を全て思い出してしまえば、ハルはトラウマで壊れてしまうんじゃないかと。だから、前に進むのが怖かった。今の今まで、真実を隠し続けてしまった。何とかして、トラウマからハルを……守って、やりたかった。けど、そのやり方もこうなってしまった今となっては……正しかったのかさえも……」

そう言い終える前に木村先生は、大きなため息を吐く。

「木村先生……? 」

そして、予想だにしない人物の名を呼んだのだ。

「……だそうだよ、ハルくん? こちらに出て来なさい」
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