女王様は憂鬱(仮)
「名乗るほどの者じゃない。このフロアに止まったエレベーターにたまたま乗り合わせていたんだが、こんな面白いものが見られるとは思わなかった」
男は、私と川北を見比べながらくつくつと笑う。
それに耐え切れなくなったのか、川北が勢いよく私の腕を振り払った。───顔を真っ赤にして。
「ひどい! 私のことが嫌いだからって、そんな言い方しなくても……! 私はただ、立花さんと仲良くなりたかっただけなのに……」
「……はぁ?」
とうとう頭がおかしくなったんだろうか。
───いや、違う。
この男のせいだ。
「ごめんなさいっ! 謝るから、もう私を傷つけないで!!」
この男が現れたせいで、川北は180度方向転換し、悲劇のヒロインを演じることにしたのだろう。
目に涙を浮かべ、一度男を見遣った川北は、来た道を走って戻って行った。
「何、あれ……」
見事なまでの変わり様。いっそ清々しい程だ。
最優秀助演女優賞を贈呈したい。
「男の目を気にしているのは私じゃなく、どう見てもあんただろう」と、私は心の中で彼女の背中に向かって呟いた。