ビルの恋
職場に戻ると、気まずい雰囲気が流れていた。

サイモンの怒鳴り声が聞こえる。

フロアの奥まったところにある彼の個室で、本条君が叱られている。

ガラス張り個室なので、丸見えだ。

デスクに座っているサイモンの前で、本条君は神妙な面持ちで立っている。

一体何をやったんだろ、本条君。

サイモンチームの他の4人は、PCに張り付いて必死に作業中だ。
プレゼンの件で追加の指示があったのだろう。

「大丈夫ですかね?」

隣の斎藤さんにこっそり聞く。

「大丈夫よ」

斎藤さんも小声で返す。

「毎日のように叱られて、心が折れるんじゃ」

「大丈夫。本条君は、サイモンの下で働きたくて、うちに入ったんだもの」

「そうなんですか?」

知らなかった。自分からあの鬼の下に?

私の心中を察したのか、斎藤さんが続ける。

「本条君も、専攻は建築学だったのよ。
修士論文の調査をしていた時、サイモンが昔設計した高層ビルが、建築雑誌に掲載されていたのを見たんですって。
それで、サイモンのことを調べたら、ここで働いているのがわかって。
それがうちに応募してきた一番の理由」

「へえ・・・」

知らなかった。

真っすぐだな。

「サイモンも悪い気はしてなくて、だからつい、熱く指導しちゃうのよ。
だから大丈夫。あと3年もすれば、本条君もしっかりするでしょう」

そう言うと斎藤さんは、仕事を再開した。
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