ビルの恋
ソムリエがやってきて、伝票の入った小さなフォルダを伊坂君に渡した。

伊坂君は財布からクレジットカードを出し、フォルダに挟む。

「私にも明細、見せて?」

テーブル中央に身を乗り出し、小声で頼む。

「だめ」

伊坂君は笑って、見せてくれない。

「さすがにこのお店でご馳走してもらうのは悪い。
私も払う」

再度小声で伝える。

「そう思う?」

伊坂君に聞かれ、私は頷く。

「じゃあ、これはお礼ってことで」

「なんの?」

「20年前の」

「そんな昔の?」

思わず笑ってしまう。

が、伊坂君は真剣な顔だ。

「覚えてないみたいだけど」

伊坂君が改まった調子で言う。

「小学校3年の時、夏堀さんに助けてもらったことがある。
岡田と内野、覚えてる?悪ガキでさ」

私は頷く。
たしかに、岡田と内野という二人組はいた。

「俺がしょっちゅう絡まれてたのは?」

また頷く。
よく二人に苛められていたのは覚えている。

「その日も俺にちょっかい出してきたんだ。
走り幅跳び用の砂場のところで」

「そうしたら夏堀さんがやってきて、後ろから、岡田と内野の背中に砂を入れた。
どこから持ってきたのか、ショベルで」

「そんなことしたっけ・・・」

伊坂君は頷く。

「うん。
それで、岡田と内野が怒って夏堀さんに向かって行ったら、今度はあいつらの顔面に砂かけたんだよ」

伊坂君が笑う。
< 44 / 79 >

この作品をシェア

pagetop