ビルの恋
「砂って斬新だろ。
怪我をさせない割に、ダメージ大きくて」

「ほんとに?全然覚えてないけど・・・」

伊坂君が続ける。

「岡田と内野は口に入った砂を出しに、水飲み場に走っていった」

「それで、夏堀さんにお礼を言ったら、
『男なんだから自分でやり返しなよ、そんなんじゃ将来負け犬確定だよ』って言ったんだよ。
親にもそこまで言われたことなかったから、衝撃だった」

そんなきついセリフを言ったとは。

子どもの頃の私、強烈な性格してたな。

伊坂君の話はまだ続く。

「4年になって親の転勤でアメリカに引っ越した。
そこでも、最初変な奴に目を付けられた。
当時の俺の雰囲気が良くなかったんだろうね。
だからって苛めていいということはないけど。
でも、夏堀さんの真似をして砂かけたら、その後は大丈夫だった。
転校早々、校長室呼ばれて説教されたけどね」

伊坂君は楽しそうに笑った。

この話、本当だろうか。

「なんで私、覚えてないんだろう」

「推測だけど、夏堀さんにとっては、ありふれた出来事だったんだよ」

伊坂君が穏やかな表情で言う。

「正義感強かっただろ。
他にも、いじめっ子を撃退してる現場を見たことある。
砂かけも、たまにやってたんじゃない?」

確かに、気に食わない相手にそういうことをした記憶は、うっすらある。

「20年も前だし、俺は転校したから。
記憶が薄れて当然だよ」

そういうわけで、と伊坂君は真面目な表情になった。

「俺が今ここでこうしているのは、自分の努力もあるけど、夏堀さんのきつい一言のおかげ。
このビルの探検も付き合ってくれたし。
だからお礼。ありがとう」

真っすぐこちらを見て感謝の言葉を伝える伊坂君に、私は動揺した。

何か言いたかったが、どんな言葉もこの気持ちを表すには適切でない気がして、何も言えなかった。
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