待ち人来たらずは恋のきざし


帰る足取りは軽かった。

スキップでもしそうな勢いだったが流石にそれは止めた。

エレベーター、乗れた。…フフ。


階段を上がって鍵を探した。

あった…。

あ、…黒い塊が玄関に見えた。

男が丸く座り込んでいた。

駆け寄ってコートの上から包み込むように抱きしめた。

「不審者、捕まえたぞー」

「ん、…ん、よう、景衣…、お帰り、お疲れ。…ゔー、寒、はぁ」

あ、は、何だかどっかで聞いた文句ね。

…こんな事、面と向かって言ったりしないが、この男と課長は似てるところがある。
偶然にも名前は同じ。

…だったら、…ううん、違う…。


「…ただいま、いつから居たの?直ぐ開けるから」

「んん゙、寒い、風呂に入りたい…」

「はい、立って。早く…入ろ?」

「景衣、一緒に入ろう」

「解ったから、入って。あったまろ?」


カチャ。

ん、ん?あ、ちょ、ちょっと。
いきなり顔を包まれ口づけられた。

「ん゙ん、…ちょっと、駄、目よ…」

「確かめないと」

「え?…ん」

「ん…何もされなかったか?」

「されてない。寒いでしょ、お風呂、入ろ?」

「…早く、入りたくて、待ってたんだ」

「…え」

「景衣の中。早く入りたくて。
帰って来た時、直ぐ会いたくて、だから待ってたんだ」

…朝から、…過激。

「あ、…。とにかくお風呂、溜めながら入りましょ?ね?
私もね、早く会いたかった」


浴槽に勢いよくお湯を放った。

そこそこのところで二人で入った。

「こうしてても…寒いな」

男は私を隙間無く後ろから抱きしめていた。

「はい、思ったより寒かったです。早まりましたね。
ねえ?下の人、お湯を張る音、煩くないでしょうか。
休みの朝からドバドバ煩いって思わないでしょうか」

「人にはそれぞれ生活パターンてもんがあるから、気にしなくていいんじゃないか?
夜勤明けとかならある事だ」

「まさに今朝は“夜勤明け”と同じですから」

「あ、景衣」

ピー。お湯は溜まった。
止めた。

「何?」

「確認。身体、よく見せて」

「え゙。だから、何も無いって言ってるのに」

「…いいから」

後ろから抱いていたのに、くるりと回転させられた。
両手首を握られてしまった。

「はぁ、なんだか…嫌、こんなの。止めて、恥ずかしいから」

ジーッと見てるの?

「…キスとか、されなかったか?身体にも」

「な゙、…もう。されてません。何もされて無い。
本当に、純粋に、お世話をしていただけよ?
お願い、もう、手を離して」

恥ずかしくて隠したくても隠せないじゃない。

「…お世話って言うな」

「じゃあ、看病?で、いい?」

「どうでもいい、解った、もういい」

…。

「景衣、あったまったら出るぞ」

「…はい」

手を離されたから急いで前を向き直した。…今更だけど。
このまま見られるのは嫌だし。

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