待ち人来たらずは恋のきざし


男に抱え上げられてベッドに運ばれた。


「ん、景衣…」

「あ、…ねえ、聞いて?」

「はぁ…今?」

早いうちとはいえ、途中で遮ったから明らかに機嫌が悪い。解ってる。でも話したい。
お風呂で話したかったのに。あんな…確認なんてするから。

「うん、あのね、エレベーター乗れたの、一人で、それも6階分、一気によ?
凄いでしょ?
私、だから、大丈夫だと思うの」

「…大丈夫って」

「貴方のマンションに行く。
だって、エレベーター大丈夫になったから」

「それって…偶然の産物って事なんじゃないのか?
冷静じゃ無かったから乗れたんじゃないのか?
大丈夫って決めるのは早過ぎないか?」

「どういう意味?」

「…はぁ。…課長さんのマンションで、課長さんが居ると思ったから。だから乗れた。
課長さんの為に必死だったから。

帰りは?帰りは乗ったのか?」

「乗りました。大丈夫だった。
貴方の言う理屈なら、早く帰って貴方に会いたいと思っていたから」

「…。だったら、真っ直ぐ俺ん家に行ったのか?
それで居なくてここに帰って来たのか?」

それは…。

「…違う。着替えたかったし、シャワーくらいはしてから会いたかったから…こっちに」

「真っ直ぐ帰って来たんだよな、ここに。
しかも、本当は会いたいなんて事までは思ってなかった。
ただ帰りたかっただけだよ。

…冷静だよな、…会いたいのに。…景衣は冷静だ」

「…そんな話がしたかった訳じゃない。

私は…ただ嬉しかったから。
少しでも貴方の負担にならずにエレベーターに乗れるようになれたのなら、良かったと思って、それで…。それが嬉しくて。

私は、帰って来たら貴方がここに絶対居るだろうって、…そんな自惚れた気持ちで真っ直ぐ帰って来た訳でもない。

でも、帰って来て、貴方が居てくれた事は、凄く嬉しかった」

何がそんなに…、なんて聞き返せない。

私がしてきた事に不満はあって当然だから。

自分の事を好きだという男の部屋で、一晩過ごして来たんだ。
怒るのが普通だと思うから。

それが…、ヤキモチを妬く程度で許してくれようとしているのに…。

「直ぐ部屋に行かなくて、帰って来ちゃってごめんなさい」

「…馬鹿だな、景衣。
そんなの景衣にしか解らない事なのに」

「え?」

「嘘ついて、俺ん家に行ったけど、居なかったから、急いで帰って来たって言っても、誰も解らないのに」

「それは、…そんな嘘、つけない。
誰の得になる…あ」

俺の事を思っていてくれてたのかって、そう思うかも知れない。

「でも、私には言えない。きっと嘘はどこかでバレるわ。
言い慣れない事は上手く言えっこないもの」

「かも知れないな。景衣には無理だな。
俺、嘘つかれたって、きっと気づくから、自信がある。
…景衣、…帰るよ」

「え?…え、…待って」

男は下着を身につけ服を着るともう玄関に向かっていた。

追い掛けなきゃ。それは解っている。

でも、身体が何だか重くて動かなかった。

…どうやら課長のが移ったようだ。当たり前だ。

看病どころか、一緒に寝たんだから。至近距離でずっと居たんだ。課長から貰ってる。


それからの事は暫く記憶が無い。

ベッドで裸のまま寝続けたようだった。

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