待ち人来たらずは恋のきざし


次…どこか適当なマンションを選んで、自然に別れたらいい。そうしよう。

何も喋らず、暫く無言で歩いた。
話し掛けても来なくなった。
当たり前か…知らない他人がそれぞれ歩いているだけなんだからと強調したんだから。


段々複数の高い建物が見えて来た。

流石にこの辺りまで来ると、急にマンションは多くなるのね。
駅も近い。家賃も高そうな高級マンションが建ち並んでいる…。

あ、このマンション。感じが良くていいかも。

建物の敷地に向かって歩こうとした。


「あ、おい、嘘だろ…あんたもこのマンションなのか?」

「ぇえっ?」

…な、に、ここはまずかったの?

「俺、住んでるのここだけど?」

親指でクイックイッと指している。

え゙!?…嘘、しまった…失敗した。…凍りつきそうなんですけど。
…そんなぁ、…どうしよう。…えー……そんなぁ…。

帰りたいばっかりに…。
もう少し先のにしておけば良かった。
そうよ、男が先に帰るまで、決めなきゃ良かったのよ…。
もう…、仕方ない、こうなったら後戻りは出来ないわ。

「そ、そうなんだ。へー、偶然。知らなかったなー。
当たり前よね、今まで会わなかったからよね」

…知らなくて当たり前じゃない、会わないのも…何言ってるんだか。
…喋り過ぎは危険よ。

「まあ、俺、入ったの最近だし。
あんたは長いの?いつから住んでるの?
ここ、ちょっと変わってるだろ」

「そうね…私も、最近って言えば最近なのよね」

ホホホ、あ゙ー…どうしよう、もう…、どうしよう。
このまま話してると何を聞かれるか解んない。
変わってるって言ったけど、何?…マンションの事なんて何にも解んない…。

何とかしないと…。ボロが出てしまう前に、なんとかこの男を帰さないと。

ここに居たって私は帰れない訳だし。

適当な部屋の前まで行って、少しして帰ればいい。か。そうするしかない。


エレベーターの前まで来た。

男がボタンを押したからドアが開いた。

先に中に入った男が階を押している。

「えっと、何階?乗らないの?」

…乗るわけないでしょ。

「あ、ごめんなさい。私…、そう、ちょっと閉所恐怖症気味で、エレベーターは恐くて無理なんです。
だから、ここで…おやすみなさい」

「…ふ〜ん。…じゃあな」

ドアが閉まって昇って行くのを確認した。

…はぁ。よし…何とかなったようね。

もう…変な小細工はするものでは無い。
こんな事なら素直に帰っていたら良かった。

あの男は確か5階を押していた気がする。

もうこれで大丈夫、戻ろう。

マンションのエントランスから出ようとした。


「おい、あんた」

…え?

< 6 / 110 >

この作品をシェア

pagetop