待ち人来たらずは恋のきざし


ご馳走様でしたとお礼を言って奢って貰った。

店を出た。


あの時は手を引かれながら課長のマンションへ道を歩いた。

今は並んで私の部屋に向かっている。

「…俺は、言い続ける事は出来る。
そう言ったら、浅黄はどう返事をするつもりでいたんだ?」

「答えは用意してなんかいません。
課長は気持ちのまま言うと思ったから。
今は言い続けられると答えても先は解らないじゃないかと、私に言い返されたら、きっと、そうかもなと、正直に言ってしまうだろうと、課長が考えるだろうと思ったから。
課長は私に正直だから」

「…フ。どれだけ俺の事を見透かしているんだ」

「見透かしてる?さあ…長いつき合いだからじゃないでしょうか。仕事上の。
口癖だったり、人に返す言葉を選ぶところだったり、…何となくです。
内面を何もかも知ってるとは思ってませんよ?
人ってそんな簡単なモノでは無いでしょうから。

所詮、私が見ているモノは、課長が見せてもいいと思ってる部分だけですから」

「浅黄、今まで一体何件の嫌な電話に出くわした…」

「知りません。カウントなんかしてませんから。負の数なんて多くていい事なんか無いですから」

「辛かった分、経験は増えたという事だ。
色んな人間の心を探る事も自然に身についたのかもな」

「嫌な言い方ですね」

「褒め言葉だ。電話でこんな言葉を吐く人間は、何を考えているんだろうって、毎回考えるようになったんだよ。
無駄に言われ続けるのをジッと我慢して聞いていただけじゃ無いって事だ。
目に見えない部分の人間観察だな」

だから、どんどん冷めた人間になって来たのかな。
…あの男に、人嫌いになって無いかって聞かれた。
なって無いって答えたけど、本当の私は…どうなってるんだろう。

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