夜界の王
(わからないことが、たくさんあるわ…)
果実をかじりながら、アーシャは改めて奇妙なこの状況のことを考えた。
(攫われたと思ってたのに、まさかお風呂や食事を振る舞われるなんて思わなかった。この男の目的がわからない…)
ここまで至れり尽くせりに世話を焼かれ、恐怖すべきか安堵すべきか、正直わからなかった。
ほかほかに温まった身体を柔らかなローブで包み、腰まで沈みそうなほど弾力のある長椅子に座って甘い果実をかじる。
この現実味のない空間はなんなのだろう。
いつのまにか老執事の姿はなくなっていた。
二人きりとなった部屋は昼間と変わらないほど明るかったが、会話がないと痛いほどの静寂が支配した。
「あの……」
アーシャが声をかけると、男は葡萄酒の入ったグラスを片手で弄びつつ、こちらを見下ろしてくる。
「あなたは、何者…?」
静寂の部屋に、アーシャの声が余韻を残す。
「お湯を貸してくれたり、こんな食事まで用意してくれたり、あなたの目的がわからなくて…」
これらの状況は、他意のない善意のみからできたものだろうか。
それとも、散々安心させて、アーシャの気が緩むのを待っているのだろうか。