クールな御曹司にさらわれました
「黙れ、おまえに発言権はない」

座席の足場にひっくり返り、見上げたそこには冷たい美貌の悪魔がいた。
黒い髪をワックスでまとめ、端正な容貌を無表情に固め、私を車から出すまいと立ちはだかる背の高い男。冷ややかな瞳は、まるで氷みたい。

言い返すことも、逃げることもできないうちにドアは閉まり、その男は助手席に乗り込む。

「出せ」

運転手である高齢の紳士が滑らかに車を発進させた。

誘拐された。
なんともわかりやすく誘拐された。

今日は朝から普通に会社に行って、嫌な上司にいつも通りいびられ、でも仲良しの同期に美味しいチョコをもらったから一勝一敗悪くない日だーなんて分析してたんですが。
ついさっきまでね。

まさか、会社帰りに拉致られるとは思いませんでした。
一勝一敗どころか、完全に危険フラグたってますけど、どーすんの?ねえ、どーすんの?

ずるりと足場から起き上がり、座席に這い上がる。あたりをきょろきょろと見回す。

よし、次の信号で逃げよう。
幸い、ここは都心ど真ん中、日本橋。帰宅時間帯の現在、道は混んでいるし、一度ここから脱出すれば雑踏に混じって地下鉄まで逃げ込める。

「念のため言っておくが、ドアはどうやっても開かないぞ。逃げるという選択肢は捨てておけ」

私の算段を一言でぶち壊す誘拐犯。チクショー。
くるりと顔だけ振り向かせ、悪魔の誘拐犯は私を汚らわしいものでも見るかのように見下ろした。

「逃がさないぞ、真中妙(まなかたえ)」

ああー、名前までご存じですか。
計画的な犯行なんですねー。

私は後部座席で身を竦め、これから何が起こるのか嫌な想像をめぐらせることとなった。




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